2017年12月17日日曜日

【書籍推薦】美味しい昼食と酒と見守り仕事を通してバツイチの女性が日々を生きる 『ランチ酒』


https://honto.jp/netstore/pd-book_28747838.html
東京の中野坂上に暮らす、バツイチでアラサー

の犬森祥子は、同級生が経営する「中野お助け

本舗」で「見守り屋」として様々なワケを抱えた人

を見守る仕事をしている。彼女の楽しみは、夜勤

明け後に美味しいランチと至福の一杯を飲むこ

と。

 
自分の愛する娘は今、元夫のところ。泣きたいと

きもあるけれど、おいしい料理と酒で心を癒して

彼女はこの街で生きていくため進んでいく……。




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 【料理・食材関係の推薦過去記事】
 ● 小説 天見ひつじ 『深煎りの魔女とカフェ・アルトの客人たち』
 ● 漫画 里見U 『八雲さんは餌付けがしたい』
 ● 小説 辻仁成 『エッグマン』
 ● ノンフィクション G.ブルースネクト 『銀むつクライシス』
 ● 【グルメ散策】梅田の地下で楽しめる北欧カフェの味と遊び心 nord kaffe
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吉田類の酒場放浪記のヒットを機として、おひとりさまを

題材にした作品が出回るようになった感があるが、本作

は、胃を刺激される食事と酒の描写もさることながら、主

人公の仕事のお世話になる、お客さんたちの姿を絡ませ

ながら、土地の香りと人情味ある連作小説になっている。



出張で、飼い犬の面倒を見て欲しい女性デイトレーダー や

アルツハイマーを発症し始めたシニア女性、有能な外資系

証券会社の副社長だが、中身はファナティックなまでに地下

アイドルに恋をする男、身内に相談できない悩みで眠れない

女性漫画家など、 主人公・祥子のお客さんは一癖も二癖も

ある事情を抱えた人ばかり。



仕事明けのおいしい料理と酒を飲みながら、クロスオーバー

するのは、 世間を映すようなお客さんの事情、何よりそして

元・夫と、愛しい娘・明里と家族であったころの時間……。



女ひとり酒場と仕事という、いかにもやさぐれ感が出そうな

ところですが、何よりも娘思いな優しさと、楽しく飲み食いを

して、「私は生きているし、健康だ。元気出そう。へこたれて

なんかいられない」(p.173)とポジティブに自分のスタイルで

生きていて、どことなく背徳感のある昼飲みランチのイメー

ジではなく、読者にめげずに生きていく力を与えてくれるヒ

ロインなのが良いところです。



出てくる料理も和洋中と多彩で、主人公が大阪の阿部野橋に

実在する日本で唯一(おそらく)の太刀魚料理専門店を探しに

行ったり、お客さんの漫画家が「イケメン男子が眠れない女性

の為に添い寝をするビジネスを描いた漫画」(「シマシマ」のこ

とと思います)を推薦したり、各話の題名が各地名だったり、と

微細なディティールが仕込まれており、作品に庶民っぽさと日

常感を与えてます。


悲しくとも辛くても、今日を頑張る貴方にお薦めしたいランチ

と酒と人情の小説です。

2017年12月16日土曜日

【書籍推薦】ナチス政権下で敵勢音楽のジャズに熱狂する不良少年たちの群像 『スウイングしなけりゃ意味がない』

https://honto.jp/netstore/pd-book_28274600.html
1939年ナチス政権下のドイツ。軍需会社の経

営者を父親にもつ15歳の御曹司エディと、友人

たちが熱狂しているのは頽廃音楽と呼ばれるス

ウィングだ。だが音楽と恋に彩られた彼らの青

春にも、徐々に戦争が影を落としはじめる…。


この作品で特徴的なのは、「悪者」としてより「ダ

サい」存在としての反ナチス行動と、国際資本

主義の消費文化を享受する「申し子」として、反

戦とジャズに酔狂し、必死に生き残ろうとする主

人公の反骨ぶりとユーモアの精神だろう。



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■ジャズと戦史関連の推薦過去記事
 ● 映画 『永遠のジャンゴ』
 ● ノンフィクション 『レッド・プラトーン 14時間の死闘』
 ● ノンフィクション 『ヒトラーの原爆開発を阻止せよ』
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歳をごまかすお洒落をしてクラブで踊り、ジャズを聞き、奏でては

パーティーをしたり、秘密警察(ゲシュタポ)に追われたり、捕ま

ったり、強制労働させられたりしても、主人公は「ホット」な音楽を

求めてBBC放送を録音し、海賊版レコードを製造販売し続ける

など、 不合理で暴力的な政治がまかり通る時代にあって、心を

揺さぶられる(破天荒で享楽的だが)青春を過ごしていく。



著者の巻末解説によると、大都市の中産階級以上(今日でなら

富裕層だろう)の若者がスイング・ボーイズと言われ、ゲシュタポ

の調書に忌々しく書かれてあるとの一方、ジャズは戦線慰問で

は解禁だったなど、市民活動に根を張ってどうにもできないのが

実態だったとされている。



60年代のパンク・ロック・ムーブメントのように、生意気盛りの青年

にとって音楽は自己主張の手段だ。 海賊版レコードを密造する主

人公達の姿はまさにパンクのDIY精神(自分たちでやる。何だって

出来る)を彷彿とさせるし、強制労働させられるポーランド人などを

見ては、食事をきちんと与え、働かせて税金を納めてもらえるほうが

よほど国のためになるじゃないかと、主人公が考えるあたりも、同じ

く、パンク精神(反ファシズム政治)に通じるものを感じさせる。



各章の題名をジャズのタイトルにしているところも良い。特に主人公

の友人の祖母が半分ユダヤ人であることから始まる悲話を、「奇妙

な果実(Strange Fruit)」と題したところに著者の意気込みを感じる。

ビリー・ホリデイが歌ったアメリカ南部の黒人人種差別の叫びは国

境と時代を超え、作中で民族浄化への痛烈な批判となっている。
 


同曲の歌詞の一節を未聴の人のために引用しよう。

実に鮮烈な暗喩である。


カラスに啄ばまれる果実がここにある
雨に曝され、風に煽られ
日差しに腐り、木々に落ちる
奇妙で惨めな作物がここにある


ジャズを未だ聴いたことのないかたも、各題を検索して聴きつつ

本書を読んでみてはいかがだろうか。もちろん、今となっては国

家社会主義労働党(ナチス)が、どんな未来を目指していたのか

想像するしかないが、スウイングというブルーノートコードが持つ

米国発の反骨精神が、ハンブルクに住むドイツ人青年たちの心

を揺らし、自由と享楽を渇望する姿に繋がっていく本作品は、戦

争青春小説の新しい幕開けの一つになるだろう。

2017年12月10日日曜日

【書籍推薦】世界5都市のリアルと人間の業と本質に迫る近未来SF 直木賞候補作 『ヨハネスブルグの天使たち』

https://honto.jp/netstore/pd-book_25601090.html
舞台は近未来で、世界的恐慌と民族紛争の厭世

観が続く、世界の5都市。ヨハネスブルグ、ニュー

ヨーク、アフガニスタン、イエメン、北東京。この世界

は日本製の音楽玩具人形DX-9が国境を越えて普

及し、あるところでは兵器として、あるところでは人

種絶滅政策からマイノリティが生き残るための最後

の拠り所として、またあるところでは衰退した町の

片隅で静かに活動している。(この玩具音楽人形は

ボーカロイドの初音ミクがモデルと思われます)。








著者は幼少期より92年までニューヨーク在住とのことで、本作

は鋭い国際的視点とハードボイルド風の簡素な文体で、人間

の業と本質に迫りつつ、国家・民族・宗教・言語の意味を先に

述べた日本製ホビーロボットを媒介にして、リアルに問い直す

才気ある骨太の作品に仕上げてあり、さながら国際報道ルポ

の最前線を見ているような気分になります。

直木賞候補作になっただけの見事な手腕と思います。



紛争地域における戦闘の描写もマイケル・マン監督の作品の

ように、乾燥したタッチで描写されているところが、リアル感を

醸し出しており、 特に中近東の埃臭さが漂ってくるようです。



連作の短編集ながら、各話の結びに様々な参考文献(国内外

の学術書など)が出ており、作品の硬質さと、難民問題、中近

東の紛争などが蠢く現実世界と、作中で描かれるドン底まで

疲弊しても紛争を止めない人類の虚無感をリンクするための

裏打ちになっていて、読者を悪夢と希望が交差する世界へと

連れて行きます。



9.11の悪夢を再表現する『ロワーサイドの幽霊』は他の収録作

品とは違う、建築学的、幻想的、哲学的な要素が強い作品です

けども、対テロリズム戦争の始まりを見つめ直す意味で、辛くも

読み応えがあり、ここから話は加速度的に進展していきます。



話し全体を通して、先のハードボイルドフィーリングも相まって

哀しさや虚無感(特に民族や精神性に対する虚無感)が充満

しているのですが、一方で希望を捨てきれない人間の優しい

眼差しがあるのも特徴です。残虐性と寛容さは相反するもの

じゃなくて、表裏一体の性であることや、自由至上主義(リバ

タリアニズム)という名の全体主義への懐疑などが本作では

提示されています。



本作の結末作品となる『北東京の子供たち』はSFとしては異色

な「団地小説」の形式で描かれており、登場人物の少年少女の

切なる願いや、ヴァーチャルの世界へ引きこもることを楽しみに

する大人たち、衰退商店街で音楽玩具人形DX-9が「看板娘」と

して歌う姿は哀しくも、荒廃した未来を望まない著者の優しさが

添えられているかのようです。



すこし難解なところもありますが、混迷を増してきた国際情勢の

なか、現代社会を問い直す意味でもお薦めしたいSF小説です。

2017年12月9日土曜日

【書籍推薦】探検作家が北極圏でフランクリン隊の軌跡を追う 『アグルーカの行方』

https://honto.jp/netstore/pd-book_25302090.html
16世紀以降、英国は北極や南極の探検でライ

バル国を常にリードする存在だった。北極点に

到達すること、アジア(中国圏)へと続く北西航

路を発見することは、当時の極地探検の世界

において最大の冒険的目標だった。


1845年、北西航路の探検隊の隊長に選ばれた

ジョン・フランクリン率いる部隊は、国威と共に

未だ見ぬ欧州とアジアを繋ぐ北西航路の探す

も、カナダ北極圏で消息を絶ち、129名全員死

亡となった。




史上初めて北西航路の発見に成功したのはノルウェーの

ロアール・アムンセン率いる探検隊だった(1903~06年)。


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【極限状況ノンフィクションの推薦過去記事】
 ● ルポ 『レッド・プラトーン 14時間の死闘』
 ● ルポ 『ヒトラーの原爆開発を阻止せよ』
 ● ルポ 『愛は戦禍を駆け抜けて』 
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冒険作家である、角幡唯介氏はフランクリン隊が見た風景

を自分でも見たくなり、北極探検家の荻田泰永氏と2011年

2月22日、日本を出発する。二人の旅の工程は、北極圏の

レゾリュート湾を出発し、フランクリン隊で最後に生き残った

とされる何名かが目指したとされる北米大陸の不毛地帯の

先にあるベイカー湖へ……。



本当にフランクリン隊は全滅したのか?

著者は本書の題名であるアグルーカ(イヌ

イット語で「大股で歩く男」の意味)の存在

を求めて、極寒の地を荷物を満載したソリ

を自力で引きながら歩く。


寝息でテントに霜が張り、唇の血も凍るほ

どの体力を容赦なく蝕む自然環境下を行

く著者の精神力もすごいが、冒険と文献を

相互に展開させる筆力と展開力の巧みさ

も素晴らしい。さながら、ミステリーのトリッ

ク解きで、読者を極地探検の世界に誘う。









本書を読んで痛切に感じるのは、命の危険を犯してまで

も、極寒の極地に身を置き、「飢餓感」に晒されながらも

地図なき世界で何かを探さんとする、冒険家精神の迫力

と、生は死を内包することでしかあり得ない、哀しさだ。



探検の途中、著者は「飢餓感」から麝香牛を撃ち殺し、その

肉を食べるのだが、そこにあるのは人間の生と死の根底に

ある、「食べる」ことの究極的な姿に他ならない。もちろん、こ

のことはフランクリン隊のカニバリズムの悲劇に比べれば生

易しい話だろうと思うが、我が国が戦時中に米国潜水艦によ

って行われた「飢餓作戦」で物資欠乏のどん底に落ちた歴史

は決して遠い昔の話ではない。



腹を下してでも、自分で仕留めた肉を貪る姿は人間の生と死

を巡る物語は絶えることなく続いていることを思い起こさせる。



探検の後半、著者は中継地点の村に、衛星携帯電話を置いて

ゆく決断をするシーンが印象的だ。連絡をして助けてもらえる道

具を持つことは冒険の要素を薄めるからだ。次の一説は実にスト

イックで、納得させられる。


冒険をすることの目的とは自然という何が起きるか分からない
世界に深く入り込むことにある。奥に入れば入るほど、自然は
自分が生きて存在しているという厳然たる事実を身体に突きつ
けてくる。(p.297)

 
この厳然たる事実の先に、著者が見たものは何か?

詳しくは本を手にして見て欲しい。

本を通して、あなたも北極圏を冒険したような感状が湧くと思う。





2017年12月3日日曜日

【洋画推薦】奔放なジプシー・ジャズ演奏家がナチスと闘う 『永遠のジャンゴ』

http://www.eien-django.com/
この映画は少年期に火傷で損傷した左手を逆

に活かして、神がかり的な速弾き演奏で人気を

博したベルギー生まれのロマ、ジャンゴ・ライン

ハルト(1910年~53年)という、天才的なジャズ

ギタリストの知られざる姿を、第2次世界大戦

中のナチス・ドイツによるロマ民族への迫害を

絡めて描き上げた作品だ。米国のスイングとジ

プシー音楽を融合させた独特なジャズは、後の

様々なミュージシャン(B.Bキングなど)に影響を

与えている。




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■映画と音楽の過去推薦記事
 ● 若返ったリアムの現代版クラシック・ロック・ソロアルバム 『AS YOU WERE』
 ● 英国の国民的ロックバンド、ステレオフォニックスが奏でる米国南部の薫り
 ● 洗練されたサザン・ロックアルバム 『ウォールス』
 ● 映画 冷徹な女性ロビイストの闘い 『女神の見えざる手』
 ● 映画 公営団地から生まれたロックスターの軌跡 『オアシス:スーパーソニック
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舞台は、ドイツの占領下にあった1943年のフランスが舞台。

パリの劇場で超満員の観客を熱狂させるシーンから始まる。

しかし、戦時下の欧州にあって、ナチスはプロパガンダでジ

ャンゴのベルリン公演を立案する一方で、優等人種政策に

基づく民族浄化の矛先を、ユダヤ人だけでなくロマへも向け

始めていき、当初は戦争に無頓着であったジャンゴの意識

は変わっていく……。



生き延びるためにナチス・ドイツのお抱えミュージシャンとして

自我を殺すこともできるが、民族の仲間を迫害しているドイツ

兵の前で演奏などしたくない、という二律背反の苦しみのなか

彼はスイスへの脱出を決意する。



演奏シーンを鑑賞して感じたことは、ジャ

ズの源流たる黒人音楽のブルース(ブ

ルー・ノート・スケール)が持つ反骨精神の

すざましい力だ。この憂いを帯びた感情を

明るく表現する音色は70年代のロックで、

レッド・ツェッペリンがブルースのパワーの

究極的表現として成功したことが有名で

すが、この作品にはナチス高官の前で演

奏するジャンゴの反骨心と観客も踊り始

める演出があり、音楽に国境なしと思わ

ず、ニヤリとさせられ、愉快で見ものです。








ジャンゴを演じている、アルジェリア系フランス人の俳優

レダ・カティブが本人になり切ったかのような奔放なまで

の熱演、お見事です。 面長で口髭が似合っており、今後

も、歴史系のクラシック作品などで才能を発揮して欲しい

と思います。口髭の演技が似合っている俳優は、名探偵

ポアロを演じたデビット・スーシェ、『ダラス・バイヤーズ・ク

ラブ』のアカデミー賞男優マシュー・マコノヘイ以来、久しい

気がします。



余談ながら、彼はあの「ゼロ・ダーク・サーティー」に脇役

出演していたとのこと。長い下積みが実を結びましたね。



不世出のジャズギタリストの生き方と、ナチスの民族浄化

の残忍さ、ジャンゴを取り巻く女性(芯の強い彼の母親と

一所懸命で従順な妻と、 ミステリアスで我の強い愛人)の

何とまぁ、と思わせるたくましさが織り成され、最後に迫害

されたロマ民族への鎮魂歌へと昇華していく、見事な音楽

史映画の誕生ではないでしょうか。

2017年12月2日土曜日

【洋楽推薦】21周年記念作品ではなく、挑戦を続けるステレオフォニックスのロック精神 最新アルバム『スクリーム・アバヴ・ザ・サウンズ』

http://tower.jp/item/4595036/%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%90%E3%83%B4%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BA
英国・南ウェールズのロンザ谷近くにある

村、カマーマン出身のバンドであるステレ

オフォニックスは21周年を迎えたが、○周

年記念的な新曲入りベスト・アルバムでは

なく、最新アルバムを発売したことに、ファ

ンとして個人的にそのミュージシャン魂を

嬉しく思っている(なお、ベスト盤商法を必

ずしも悪いと思っているわけではない)。






彼らはデビューアルバム『ワード・ゲッツ・アラウンド』(97年)で

故郷カマーマンの日常を、ストレートに力強く歌い一定の評価

を得てから、王道のロック、米国の南部サウンドやオルタナテ

ィブ・ロックなどを吸収しながらUKの豊潤なポップを同居させた

音楽性で成長してきたが、今回の最新作も「前進あるのみ」の

精神で満ちている。



王道バンドは通常、作曲の面で壁にぶつかりやすいものだが

彼らは今回、ダンス・ミュージック、80年代調のシンセ・サウンド

の他、ポップなR&B、ホーンなどを取り入れながら、かつ、普遍

性のある曲に仕上げており、聴き応えのある一枚になっている。






まぶしく煌くギターのリフレインが特徴的なOP曲、『コート・バイ・ザ・ウ

インドウ』は、「森に潜む狼たちはルールなんておかまいなし 願いごと

はなんでもかなう 何でもありなんだ」と歌い、バンド自身と観客に勇気

を出してくれ、と真っ直ぐに鼓舞するかのようです。






映画のストーリーテリングを想起させる歌詞に、80年代調のシンセ

サウンド、ケリー・ジョーンズのメランコリックな歌声が織り成すこの

『オール・イン・ワン・ナイト』は、架空の映画の劇中曲を想像させる

ようで(ヨーロッパ映画の雰囲気がします)、彼らの挑戦の最たるも

ので、かつ、普遍的魅力に満ちているのではないだろうか。
 







大きな声で叫ぶだけがロックではない。誤解を恐れずに言えば

ロックは人生を上手に生きれない人間の歌だ。この『ビフォア・

エニワン・ニュー・アワ・ネーム』で青年時代からのバンドメイトで

初代ドラマーの今は亡きスチュワート・ケーブルに向けて、「俺達

どうなった? なるはずだった大人?」と抑揚の効いたトラディショ

ナルなピアノ弾き語りで寂しさを語っている。



21 周年目を迎えても、色々挑戦する彼らに今後とも期待したい。


2017年11月26日日曜日

【書籍推薦】北欧の”天然要塞"に挑む原爆開発阻止作戦ルポ 『ヒトラーの原爆開発を阻止せよ!』

https://honto.jp/netstore/pd-book_28696218.html
ナチスが極秘裏に進めていた原爆開発計画を阻

止するために闘った特殊工作員たちがいた!開

発の鍵となる「重水(ヘビーウォーター)」製造工

場を破壊する任務のため、ノルウェーの男達は

極寒のノルウェーを舞台に第二次世界大戦で最

も困難かつ最大の秘密工作に挑んだ。この全貌

をドラマティックに描き切る、傑作戦記ノンフィク

ションが世に出ました!

歴史に「もし」は無いが、「もし」ナチスが原爆開

発に成功していたら歴史はどうなっただろう?



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【戦史関係の推薦過去記事】
 ● ルポ 『レッド・プラトーン 14時間の死闘』
 ● ルポ 『ハンター・キラー アメリカ空軍・遠隔操縦航空機パイロットの証言』 
 ● ルポ 『キャパの十字架』 
 ● ルポ 『愛は戦禍を駆け抜けて』
 ● 映画 『ゼロ・ダーク・サーティー』 
 ● 映画 『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』
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このノルウェーのテルマルク県におけるノルスク・ハイドロ

重水工場破壊工作は、65年の英・米国製作映画『テレマー

クの要塞』(主演はカーク・ダグラス)でも有名であるし、児

童向けの難しめの歴史本で語られていたこともあったと記

憶しているが、どうもその後は影に隠れた感があった。核

開発の歴史を学ぶ上で、押さえて欲しい教養であると思う

なか、著者のニール・バスコム氏は記録や、目撃者の証言

と現地取材を通して、いかに決死の作戦が決行されたかを

描いている。



















本書は戦史における痛快な特殊部隊の活躍ストーリーでは

ない。1938年に発見された核分裂プロセスを発端に、ドイツ

と英国、米国の疑心暗鬼のなかでの兵器としての原子力の

開発レース、郷土愛に満ちてはいるが「寄せ集め」で、短期

間集中訓練でコマンド隊員になって、作戦地域に投入された

ノルウェー人の極寒環境でのサバイバル戦と、部下を危険に

投入しながらも自分は銃後で指揮をとる将校で物理学者でも

ある上官の苦悩、ナチスの秘密警察にいつ逮捕される危険

のなか現地で諜報活動にあたるノルウェー人情報員の勇気

など、原子力開発の科学史、組織論、戦史、と様々な要素で

読者の胸に迫ってきます。



特に「炎も凍る」という極寒のハンダルゲン高原での長期潜伏

のサバイバル戦は読んでいるほうも凍えるような筆力です。



テクノ・スリラーのエースであったトム・クランシーは小説『恐怖

の総和』で核兵器テロの危険性と、テロ後に政策者の胸中に

宿る疑心暗鬼の恐怖感がもたらす核攻撃による報復の可能

性を提示したが、残念ながら1945年8月6日の広島への原爆

投下以来、核兵器廃絶の道筋はいまだ見えないどころか、朝

鮮半島をはじめ、核がもたらす「恐怖の総和」は増え続けてい

る。


現在唯一生存する、ノルウェー人工作員が語った次の言葉が

読者の胸に切実に訴えかけてくる。


自由のためには自分で戦わなくちゃならない。
平和のためにはね。毎日戦って守っていくんだ。
それはガラスの船のように壊れやすいものだから。
すぐになくしてしまうものだから。(p.509)


本作はマイケル・ベイ監督(『アルマゲドン』など)による映画化

も予定されており、どうなるのか楽しみなところです。


2017年11月25日土曜日

【書籍推薦】ポップで骨太に織り成されるグルメと人間ミステリードラマ 『スープ屋しずくの謎解き朝ごはん』

https://honto.jp/netstore/pd-book_26439314.html
店主の麻野が和洋中で織り成す手作りスープが

人気のスープ料理屋「しずく」には、店主のとあ

る思いで秘密で提供している早朝の営業時間が

あった。早朝出勤の途中に、店を偶然知ったOL

の奥谷理恵(おくたに・りえ)は、すっかりこの店

のスープの虜になる。


彼女は最近、職場での対人関係がぎくしゃくし、

大切なポーチの紛失事件も起こり、ストレスから

体調を崩しがちだったが、店主でシェフの麻野

https://honto.jp/netstore/pd-book_27668719.htmlは、彼女の悩みを見抜いて、見事にことの真相

を解き明かす。


ここから身も心も解してくれるスープ料理の数々

と様々な人間模様とミステリーがオムニバスで

織り成されていくのだが、店主の麻野暁(あさ

の・あきら)には言葉では言い尽くせない過去が

あった……。






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 【料理・食材関係の推薦過去記事】
 ● 小説 天見ひつじ 『深煎りの魔女とカフェ・アルトの客人たち』
 ● 漫画 里見U 『八雲さんは餌付けがしたい』
 ● 小説 辻仁成 『エッグマン』
 ● ノンフィクション G.ブルースネクト 『銀むつクライシス』
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https://honto.jp/netstore/pd-book_28722651.html
最近は、三菱商事の社内ベンチャーとして始まったスー

プストック・トーキョーの全国展開と共に、「スープのある

1日」という概念がブランドとして定着した感があるなか

本書はポップな小説ながら、料理の薀蓄、栄養学、育児

問題、狩猟とジビエ、地場野菜など、様々な参考文献を

しっかりと下敷きにして、思わずスープが食べたくなる描

写と、人の複雑な苦しみや悩みが解きほどけていく過程

を織り合わせることで、上質の娯楽作品に仕上がってい

ます。



登場するスープも「ジャガ芋とクレソンのポタージュ」「ソー

セージのポテ」「ロードアイランド風クラムチャウダー」など

読んでいる傍からレストランに行きたくなる品書きの数々。


 
本書は色々な謎解きが出てきますが、店主の麻野さんは

決して探偵ではなく、お店に関わる人たちの声を聞き、日

々最高のスープ料理を提供することで、誰かのパワーに

なろうとする存在なのがポイントです。彼自身、「どんな複

雑な味のスープにもレシピは存在する。つまりどんな結果

にも、かならずそうなった理由が存在する」と、知識と経験

の両方で問題解決が出来る人なのですが、謎や人の悩み

に深く入りすぎないように気を配っていて、逆にそれが本作

の味わいを引き立てています。



どうして朝食なのか? 理由は本を読んでもらうとしてそこに

あるのは、紛れもなく忙しく現代を生きるわたしたちがこころ

のどこかで求めている「宿り木」のある朝なのかもしれない。

本書はそんな人の悩みを癒すハートフルさに満ちています。



奥谷と店主・麻野の関係など、これからの進展が楽しみな作

品です。

2017年11月19日日曜日

【書籍感想】心と脳を育んで調整するマインドフルネスを俯瞰する 『図解 マインドフルネス』

https://honto.jp/netstore/pd-book_27904534.html
脳科学や臨床現場でも、マインドフルネスが心

身を整えて「いま、ここに集中する」ことや「スト

レス・コーピング」のメソッドとして効果があるこ

とが実証されてきていることは、ご存知の人も

おられると思う。最先端で有名な企業はグーグ

ルの『サーチ・インサイド・ユアセルフ』のプログ

ラムの他、米国政府機関でも導入されている。


本書は個人がマインドフルネスを実践するため

の図解本で、読みやすく実践しやすい一冊だ。









本来、マインドフルネスのメリット(効用)を一覧にすることは

意味のない行為と思う。愛情や幸せと同じで、細かく分析を

すると大切なものが見失う恐れがあるからです。しかし、イ

ンドで誕生した仏教と瞑想から、宗教性を取り除いて臨床

技法として誕生したマインドフルネスは、次のような効用が

あるとされています。
 
① 集中力が高くなる
② ストレス・コーピング(ストレスへの対処)が出来る
③ 心に余裕が出来る
④ 楽観的になる
⑤ 過去や未来に囚われれず、今を大切にする

















同書はマインドフルネスの格言として、道元禅師の「全体の

調和を保つことは、自信の欠点に対する不安をなくす」という

言葉を引用しています。雑念を評価するのではなく、呼吸に

意識を集中する瞑想を行うことで、自分自身の心身の変化

に「ありのままに気付く(アウェアネス)」過程が、人生で最も

重要な旅になるかもしれない、ということです。



近年の行動心理学の研究では、幸福が固定的特長(個人の

性格)とはほど遠く、マインドフルネスを実践している人はポ

ジティブな感状とつながる左前頭前野の動きが活発であるこ

とを証明しているとのことで、マインドフルネスが21世紀初頭

の革命の一つになっているこの状況は、人種や宗派に関係

なく、わたしたちの歪んだ認知や自分自身に対する思いやり

の欠如が作ってしまった「不自由さ」を抜け出す方法を誰もが

欲している世相を象徴していると思います。



個人的な見解でありますが、マインドフルネスは作曲家、歌

手及び詩人でもあるポーシャ・ネルソン氏の有名な『五つの

短い章からなる自叙伝』が心理学的に暗喩しているもの

換言するならば、自分自身の心理的な「癖」(認知と行

動の歪み)に自分自身が気付いて手放すまでのプロセス

のイメージに繋がるものがあると思います。



哲学的で味わい深いの面もあるのでで一部をご紹介します。



個人的感想ながら、僕もマインドフルネスを実践するなかで

この詩が言わんとしていることが、どうやらストレスと人生に

向き合っても、あるがままにリラックスして生きるためのヒント

なのでは、と思っています。


I walk down the same street.
私は同じ通りを歩く。
There is a deep hole in the sidewalk.
歩道に深い穴がある。
I see it is there.
それがあるのが見える。
I still fall in ... it's a habit ... but,
それでも私は落っこちる、・・・これは私の習癖(くせ)だ。
my eyes are open.
私の目は開いている。
I know where I am.
自分がどこにいるのかわかる。
It is my fault.
これは私のしたことだ。
I get out immediately.
すぐそこからでる。
 

2017年11月18日土曜日

【書籍推薦】アフガニスタン戦争最悪の戦闘前哨を生き抜いた兵士の記録 『レッド・プラトーン 14時間の死闘』

2009年10月3日の早朝、アフガン北辺の米軍の

戦闘前哨(COP)キーティングをタリバンの大部

隊が奇襲した。周到な襲撃計画と猛烈な銃火を

前に、米兵たちは全滅の危機に陥った。敵の奇

襲当時、レッド小隊(レッド・プラトーン)のセク

ション・リーダーとして防御の一翼を担ったクリン

トン・ロメシャ元陸軍二等軍曹(後に名誉勲章を

受章)が自ら筆を執り、アフガニスタン戦争史上

最悪の戦闘の真実を語る本作は、硝煙の臭い

を嗅ぐような筆力があり、息を飲むばかりです。









戦略の始祖たる孫子は、九変編のなかで、「将たるものが臨機

応変の運用に通じていなければ、たとい地形を掌握していたと

しても、地の利を生かすことができない」と、戦闘における地形の

重要さと理論と経験のバランスの大切さを喝破しているが、本書

の舞台である、戦闘前哨キーティングはあたりを高地に囲まれた

渓谷の低地という、戦術上あきらかに不利な地点にあり、米軍は

当初の段階から戦略的失態を犯していた






















戦闘前哨の兵舎内に誰かが書いた次の文字が、この場所の

最悪さを言い当てていた。


"いまよりマシにならないぜ(It doesn't get better)"


彼らは監視する側ではなく、監視され狙われる側だったのだ

また、戦闘前哨の防御設備も「穴」だらけで、著者などから強

化が進言されたが、まもなく戦闘前哨キーティングは廃棄され

るので、余計な予算と資源は投入不可能と、上官は意見具申

を却下した。後に彼らを襲う悪夢のことなど露ほど知らぬまま。



元・国防長官のロバート・マクナマラは、ご存知の人も多いと

思われるがMBA(経営学修士)ホルダーで、合理的・科学的

な手法による秀才ぶりを、政策でも発揮しようとしたベトナム

戦争にて、北ベトナム軍のナショナリズムがもたらす力を甘く

見て、敗北し、後に反省したことで有名だが、再びアメリカ軍

は度重なる派兵からくる疲弊などにより、アフガンの地で同じ

ような自らの甘さからくる作戦の失態をここに犯してしまった。



著者は、全滅寸前の戦いであったにも関わらず、感傷を抑え

ながら決して純粋無垢でも、当時活躍した特殊部隊のような

英雄(スーパーヒーロー)でもない、第61騎兵連隊第3偵察大

隊B中隊、特にレッド小隊の隊員たちを、アメリカの多様性の

縮図のように個々の個性(貧困から逃れたくて入隊、優秀な

下士官だが飲酒や、傲慢さが欠点なもの、些細な服務違反

をするのが好きなもの、防弾ベストの隙間にスポーツ雑誌や

ポルノ雑誌を隠し持つものなど)を描き、戦闘場面では哀調

と不屈の精神で心奪われる文章で描写しており、戦闘記録

文学における不屈の一冊になるだろう。



特に絶望的に不利な状況下にありながら、反撃のための部

隊を率先して編成し、拠点を奪還した著者の精神や、銃火の

なか戦死したメンバーの遺体回収に向かう兵士同士の絆は

目頭が熱くなるのを抑えられないし、先に述べた戦闘前哨の

配置ミスという戦略的失態をした上層部の醜態に晒されつつ

も、秒や分刻みで息付く間もなく描写されるレッド小隊のメン

バーの奮戦は、戦死者への最大級の賛辞と、墓碑銘へと昇

華しており、あのアフガニスタン戦争とは一体何であったのか

を読者に問いかけてきます。



本作品はソニー・ピクチャーズが映画化権を獲得して、監督や

プロデューサーに様々な名前が上がり出してます。この「カム

デシュの戦い」がどう映像化され、どのように鑑賞者の心へと

訴えかけるのか期待したいところです。

2017年11月12日日曜日

【書籍推薦】辺境の未承認国家ソマリランドで世界に挑むエリートを育てる驚異の実話 『ソマリランドからアメリカを超える』

元ファンドマネージャーの男が私財を投げ打って

挑んだのは、辺境の「未承認国家」ソマリランド

の学校創り。様々な顔ぶれのソマリ人生徒が集

まったこの学校は単なる初等教育ではなく、なん

んとハーバードやMIT(マサチューセッツ工科大

学)に進学しうる国際エリートを育成するための

進学校だった!

本書は、著者がソマリランドで経験した八年間の

教育投資への情熱と、その奇跡の記録です。







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■教育・読書関係の関連記事
 ●受刑者が夢中になるはクスリではなく読書会 『プリズン・ブック・クラブ』
 ●英国チャンネル諸島の人間賛歌 『ガーンジー島の読書会』
 ●人間の尊厳と生命の礎となった図書係り少女の物語『アウシュヴィッツの図書係り』
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想像してほしい。中近東のイスラム圏で、ましてイスラム教徒でも

ないアメリカ人がソマリランドの荒地に学校を作ろうとすると、一体

どうなるか。 地元の原理主義者の突き上げは無論のこと、学校の

乗っ取りを企む地元有力者や、営業妨害の風評を流す地元の私立

学校まで登場したり、著者が生徒募集のための調査で見たものは

受験生のカンニングの横行と学校行政側の黙認や、イスラム圏で

のジェンダー配慮など数知れず。



しかし、著者は七転八倒の学校運営のすえ、不可能とされた夢を生

徒たちとわずか数年で実現していく。



近現代アジア史で、「辺境」からこのように教育がもたらす「階段」を

登った人物としては朴正煕(パク・チョンヒ)元韓国大統領の、師範

学校卒業、旧・満州国陸軍軍官学校首席卒業、旧・日本陸軍士官

留学、同卒業、という(当時の植民地統治の是非は別として)偉業

の経歴が思い起こされるが、同書に登場する若きソマリ人生徒たち

は、その歴史を髣髴とさせるかのごとく、勉学、スポーツ、地域奉仕

活動に取り組んで、ソマリ氏族の誇らしげな代表へと育っていく。



同書は、「知識がないのは光がないのと同じである」というソマリ族

のことわざ、を引用しているが、翻って日本を見るに、教育があるこ

とが「当たり前」で、教育が人間の尊厳や成長にとってどれほど重要

なのか逆に改めて痛感させられる一冊にもなっている。教育需要の

根底にあるのは「外の世界へ出るための飢え」に他ならないからだ。



もちろん、著者のジョナサン・スター氏の行動力、胆力も非常に素晴

しい。彼はヘッジ・ファンドの世界では輝ける功績を残すことはなかっ

たが、学部生のころから構想していた開発途上国における質の高い

教育サービスの提供を、「未承認国家」であるソマリランドで達成した

ことは、彼の教育への情熱もさることながら、未知なるフロンティアに

挑む投資家精神(リスクテイク)の賜物だろう。また、貧困の解消を目

指す国際NGO(非政府組織)が挑戦しつつも、思うように成果を出せ

ない現状も痛々しい。



世界中にはあらゆるイデオロギーで「反米」が存在するのが事実だが

本書を読むと、教育というフィルターを通してソマリランドといういまだ

知られざる国の内幕と、「反米」の一方で「憧れの国、米国」が今なお

あることを感じるだろう。人間や教育、若者たちの夢を考えてみるのに

お薦めの一冊です。

2017年11月11日土曜日

【漫画推薦】美人寡婦と高校球児のハートフルな食卓物語 『八雲さんは餌付けがしたい』

アパートにひとり暮らしをする、寡婦(未亡人)

の八雲柊子(やくも・しゅうこ)の趣味は、読書と

料理だが、誰にも言えない秘密があった。それ

はなんと、 隣の部屋に住む高校球児の大和翔

平(やまと・しょうへい)を密かに「餌づけ」するこ

とだった!

凄まじい食欲を誇る、男子高校生の胃袋に翻

弄される日々のなかで、料理をする柊子の心

は色を取り戻し、ふたりの不思議で微笑ましい

関係が織られていく---



年上女性と青少年の関係作品は、以前紹介し

ました『私の少年』では、ふたりの繊細で不可

思議な関係と情愛(と言うことにする)が主軸に

描かれてましたが、本作では思わずお腹がす

きそうになる料理の数々と主人公ふたりの心

温まる関係が描かれる「飯テロなギャグ漫画」

なのが特徴です。

思春期の食べる幸せってこうかと思わせる。









さて、寡婦(未亡人)がヒロインを務める漫画は高橋先

生の「めぞん一刻」が金字塔ですし、野球ではあだち充

先生の作品が輝いているのは言うまでもないなか、作

者の里美U氏は、食べ盛りの高校球児と料理上手な未

亡人という関係に、少々変わり者の脇役を適時混ぜて

話を展開させるという、ありそうでなかった市場を開拓

することで、過去の名作の圧力を回避しているところに

作者・里美U氏の胆力を感じる。



料理を扱った作品でありながら、グルメ系にはならずに

あくまで、「御飯を与える幸せ」「御飯与えられる幸せ」

の関係性に視点をあてており、青年誌ならではのお色

気ギャグ描写もあるが、あくまで料理が繋ぐ八雲さんと

大和くんのハートフルな「食卓関係」をメインにしてある

のが特徴で、ゆっくりと息抜きに読むには最適です。



ふたりの関係は決して「ラヴ」ではないのだろうけども

作中で、八雲さんが大和くんに「ある人」の姿をなんと

なく重ねるところや、大和くんの照れくさい表情にも注

目してほしい。何よりこの作品は人に何かを与える喜

びは、人に何かをもらう喜びよりも大きいという大切さ

を下敷きにした作品でもあるからです。


高校球児、大和くんの球児としての成長はどうなるか?


これからの連載で、ふたりがどんな食卓を織り成すのか

楽しみな作品です。

2017年11月4日土曜日

【書籍推薦】ノンフィクション・エッセイスト寺尾紗穂が見た日本統治時代のパラオの情景 『あのころのパラオをさがして』

著者の寺尾紗穂は、シンガーソングライター兼

エッセイストとして『評伝 川島芳子』で東大大学

院で修士号を取得(論文は後に文春新書で書

籍化)活動されている人で、本書は1920年から

終戦まで日本の統治下にあったパラオを、拾い

集めた証言をもとに、そこに暮らした日本人移

民民と現地島民の「日常」の視点から描き出す

作品で、研究書とエッセイの中間的な、「ノンフィ

クション・エッセイ」となっています。








司馬遼太郎が『坂の上の雲』で、帝国主義が悪であるという国際常識が

当時(明治・大正時代の国際政治下)は無く、そうした価値観が後世とは

まったく異なっていたことに留意するよう何度も述べているのは有名であ

るし、ヴェルサイユ条約の締結により、パラオが国際連盟の委託統治領

となってからは、「近代列強」としての「行政手腕を世界へ示すとき」として

日本が、まずは強く自らを意識したであろうことも想像に難くないと思う。 



著者は、自分自身が歴史学者でもないしノンフィクションライターであると

するには中途半端であるとしながらも、中嶋敦の作品を18年前に読んで

日本近代史の中で南洋がスルーされているのに大きな衝撃を受け、中嶋

敦が見た景色をこの目で見て、何かを感じてみたかった、と性急な善悪の

判断を抑えながら、「リサーチの思考」と「エッセイとしての感覚」のバランス

を取りつつ、「あのころのパラオ」の情景を様々な文献や聞き取り取材で真

摯に読み取ろうとしており、その情熱と行動力には感服させられる。



個人的な見解ですが、日本近代史におけるパラオのそれは、旧・満州、朝

鮮半島、台湾のそれと比べて、影が薄い気がします。繰り返しになりますが

司馬遼太郎の『坂の上の雲』で描写されるような明治期における少年の国

としての日本と、日英同盟を根拠に参戦し、「戦勝国入りした」第一次世界

大戦後の国家としての日本のメンタリティの違いが、「影の濃淡」のひとつ

の要素と思います。


一人の人間が、何かを愛するがゆえに、何かを言わないかも
しれないということ。とるにたりないような小さな事実でも、直接
触れなければ、こうだったんだよと教えてもらえなければ、なか
なか想像できないこと。(同書p.213)


この論点は、凡庸なようで鋭いと思う。戦争は生産性を伴わない行為で

あるが、政治の延長である以上は国家の野心と、国民の夢や希望が交

錯する時代は存在するし、「勝てば官軍」ではなかった場合に、人々の

心中で交差する感情を聞き取ろうとしても、正確に声なきものの声を代

弁しようとする、ノンフィクション・ライティングの使命を果たせないことが

十分にあり得ることを著者が自覚している一節だからです。



取材先で聞いた「支那の夜」を歌うパラオ人の声、愛憎混じる影……



かつて「楽園」と呼ばれ、日本人移民(沖縄人、朝鮮人もいた)と現地人

と織り成す暮らしが存在した島、パラオ。諸々の歴史的事実や人々の

感情が紡がれるルポが訴えかけてくるのは、親日国とされるパラオが

経験した「あのころのパラオ」のリアルさを身近に感じて欲しいとの熱意

と、日本へ帰国後に病死した中嶋敦へ、生き残った者たちの今の声を

届けようとの思いなのかもしれない。



戦中派が世を去って歴史の記憶が薄れる今こそ、広い世代に読んでほ

しい貴重なエピソードが詰まった一冊と思います。


2017年11月3日金曜日

【書籍推薦】開化期の函館の人々の心情を描く、群像時代小説 『鳳凰の船』

https://honto.jp/netstore/pd-book_28595095.html
開化期の日本を司馬遼太郎が、「少年の国、日

本」と表現し、不慣れながら、「国民」になった日

本人は、日本史上の最初の体験者として、その

新鮮さに高揚したとし、その痛々しいまでの高揚

感がわからなければ、この段階の歴史はわから

ないとしたが、本作は江戸から明治へ姿を変えて

いく北海道・函館を舞台に、その二つの時代の狭

間で生きた人々の思い--逡巡、悔恨、決意--を

見事な端正な文体で浮穴みみ氏は描いている。 







 


本書は磨きぬかれた五篇の短編時代小説集で、このような

短編集の場合、音楽で例えれば「遊び曲」な作品もあるもの

なのですが、全編力作で、かつ、切り詰めた文体で開発途上

の函館を、老いた洋船大工の情熱や、英国商人に仕えた女

性がほろ苦く自分の若いころを回想する話、北海道庁の初代

長官・岩村道俊の開拓への決然たる意思や、欧米式の土木

工学を学んだ下級役人が見た時代がもたらす悲哀などの様

々な人間ドラマの視点を通して描いており、 目裏にじんとくる

読了感があります。



正に短編時代小説の醍醐味と手本、と言ったところでしょうか。



著者の浮穴みみ氏は北海道出身で、平成30年には北海道が

命名150周年になり、胸中に色々な思いが交錯するなか執筆

したであろうことと思います。開墾者精神、西洋式教育で変化

する日本人の心の機微、新天地に夢を抱くも時代の流れに翻

弄されるヨーロッパ人の悲哀など、司馬先生とは異なる視点で

あの「痛々しいまでの高揚感」の時代を生きて「豊穣なる大地」

の礎となった明治人の姿が訴えかけてくるかのような作品です。


2017年10月29日日曜日

【書籍推薦】教師の親友になったのは生き残りを助けたペンギンだった 『人生を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日』

https://honto.jp/netstore/pd-book_28228730.html
舞台は1970年代のアルゼンチンで、寄宿学校の

教員募集の広告記事を見て応募した、イングラ

ンド南部の農村生まれで、旧英国植民地出身の

両親を持つトム・ミッチェル氏は、幼少期から動

物と自然への愛と、未知なる国への好奇心を育

んできた。

ある夜、ウルグアイの海岸で偶然にもタンカーの

石油流出事故で苦しんでいたペンギンを彼は助

け、寄宿学校の屋上で暮らすようにしたことから

心温まる日々が始まっていく……






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【動物/自然系ノンフィクションの過去記事】
 ●『ジャングルの極限レースを走った犬 アーサー
 ●『羊飼いの暮らし』
 ●『社員をサーフィンに行かせよう
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絶妙の時代背景のなかで起こった、感動のノンフィクションと思う。

なにしろ、フォークランド紛争勃発前で、ファン・ペロン大統領政権

の下、殺人や誘拐は日常茶飯事、急激なインフレ経済、国民は秩

序を回復させるには軍部が動くしかないと思っているとされた状況

下のアルゼンチンで起こった、ひょうきんなペンギンと飼育に悪戦

苦闘する著者、そして学校の生徒達や、南米の大自然と「なんとも

おおらかでユーモラス」なストーリーの数々に微笑まざるを得ない。






このペンギンに『かもめのジョナサン』のスペイン語版『ファン・サル

バドール・ガビーダ』を思わず拝借し、ファン・サルバドールと命名

するくだりや、ペンギンが寄宿舎のプールを泳いだことをきっかけ

に、劣等感で苦悩する生徒が優等生に変化したくだりは、本書の

邦題『人生を変えてくれたペンギン』に相応しい。もちろん、ファン

・サルバドールは、ジョナサンのように人生の高みを目指して修行

に勤しんだりはしないが、仲間が大勢亡くなった石油流出事故を生

き延びて、先の見えない暗い時代に、著者だけでなく、周囲の人々

に心休まる時間を与えて、心のなかの何かを変えた意味では、癒し

系ペンギン版のジョナサンと言って良いだろうか。



著者は本職作家ではないので、決して技巧的文章ではありません

けども、ファン・サルバドールと過ごした日々を振り返る彼の眼差し

は実に優しく、動物と地球への愛情に満ちている人なのがありあり

と感じられます(著者は現在、農場経営と趣味で鳥の絵を描く日々

を過ごしているとのこと)。


水族館が好きな人、すべての自然を愛する人にお薦めの一冊です。

2017年10月28日土曜日

【洋画推薦】米国・女性ロビイストの冷徹な戦略力と銃社会の行方は? 『女神の見えざる手』

http://miss-sloane.jp/
本作品は、天才的な戦略を駆使して米国の政

治を影で動かすロビイストの知られざる実態に

ついて、『恋に落ちたシェイクスピア』のジョン・

マッデン監督が、ビンラディン捜索暗殺作戦で

苦闘するCIA分析官をドキュメンタリーさながら

の臨場感ある迫力で主演した『ゼロ・ダーク・

サーティ』のジェシカ・チャスティンを迎え、鋭く

迫った社会派サスペンスです。(ゼロ・ダーク・

サーティの過去記事はこちらをご覧ください)。









政府を裏で動かす戦略のプロ“ロビイスト”。その天才的な戦略で

ロビー活動を仕掛けるエリザベス・スローン(ジェシカ・チャステイン)

は、真っ赤なルージュで一流ブランドとハイヒールに身を包み、大手

ロビー会社で花形ロビイストとして辣腕をふるう日々。ある日、彼女

は銃の所持を支持する仕事を断り、銃規制派の小さな会社に移籍

する。全米500万人もの銃愛好家、そして莫大な財力を誇る敵陣営

に立ち向かうロビイストたち。大胆なアイデアと決断力で、難しいと

思われた仕事に勝利の兆しが見えてきた矢先に、エリザベスの赤

裸々なプライベートが露呈され、さらに予想外の事件が事態を悪化

させていく……。


個人や団体が政治的影響を及ぼすことを目的として行う私的活動

をロビー活動といい、米国ユダヤ系団体の「イスラエル・ロビー」や

全米ライフル協会(NRF)は国際報道で耳にすることも多いだろう。



日本では政治家との癒着・贈賄のイメージが強いのか表立つより

も逆に、米国内でのロビー活動の弱さからかトヨタのメキシコ工場

新設に対するトランプ大統領の「口撃」を呼び込んでしまった感じ

もあるが、 逆に米国は3万人ものロビイストがいるとされ、連邦制

と思想の坩堝であることを痛感させられる。





本作で、ジェシカ・チャスティンは本年度

ゴールデン・グローブ賞主演女優賞(ドラ

マ部門)ノミネートに相応しい磨き上げた

演技で、常軌逸脱寸前の天才的戦略ロビ

イストになり、観客を米国政治の裏側の世

界にぐいぐい引き込む。監督や脚本のセ

ンスが、彼女の鬼気迫る演技(睡眠障害

を抱えての仕事魔、恋愛はエスコートサー

ビスで済ませる、味方すら欺く戦略の達

人)に逆に頼っている面白い構成と思う








ラスベガス銃乱射事件もあり、図らずしも銃社会の米国の問題が

提示されたタイミングで日本公開された本作だが、むしろ銃規制

の問題そのものより、生き馬の目を抜くロビー活動の世界で、孫

子が「兵は欺道なり(戦争とは敵を欺くことである)」としたように

主人公が倫理と戦いの法則を分離させ、戦略戦術の達成そのも

のを目的とするかのごとく冷徹非常に遂行させていく姿は、政治

スリラーでの新しいヒロイン像であるし、自分の身は自分で守る

しかない米国の現実を象徴しているのだろう(銃規制派であれ反

対派も、実際の問題として)。



もちろんマキアヴェッリが「必要に迫られた際に大胆で果敢であるこ

とは、思慮に富むことと同じと言ってよい」(フィレンツェ史)と述べた

のように、中世イタリアだけでなく現代米国政治で生き残ろうとする

主人公にとっても権謀術数は「目的が手段を正当化する」ことなのを

痛感させられることは言うまでもないと思う。



この意味で、作品の原題「Miss Sloane」を、「女神の見えざる手」と

意訳したのは見事と思う。本作品は、主人公が張り巡らしていく計

略という名の「見えざる手」が政治権力が生む利潤という社会的な

地位にしがみ付こうとする旧態依然の男達に、「見えざる手」で「女

神」(自由の象徴)が一撃見舞う作品だからだ。



米国政治の裏舞台に興味のある方にもお薦めの作品です。


2017年10月22日日曜日

【洋楽推薦】若返ったリアムの現代版クラシック・ロック・ソロアルバム 『AS YOU WERE』

http://tower.jp/item/4560985/%E3%82%A2%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%BC
エルビス・プレスリー以前には何もなかっ

た、と言われるロックンロールだが、この

男ことリアム・ギャラガーが英国マンチェス

ターで、ジョン・ライドン、ジョン・レノン、イ

アン・ブラウンの曲に出会うまでの、彼は

何もない街の労働者でしかなかった。しか

し、後にUKの音楽シーンは彼と彼の兄に

よって新しい普遍性を生み出すのだった。




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【関連記事】
 ●『映画 オアシス:スーパーソニック
 ●『英国の国民的ロックバンド、ステレオフォニックスが奏でる米国南部の薫り
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ジョン・ライドンばりのカリスマ性と、ジョン・レノンのウイットさ

と、イアン・ブラウンのセクシャルがミックスされた声質と強烈

な行動力(粗暴と言うほうが正確だが)を武器にロックスター

の階段を駆け上がった彼は、オアシス、ビーディーアイ解散

を経て今回、見事なソロ・アルバムを完成させた。自分だけ

の作曲・プロデュースではなく、グレッグ・オースティンなどの

素晴らしきブレーンとの共同制作だが、彼が魅力的なロック

ンロールシンガーであることを証明した作品になっています。



 



アルバムの筆頭を飾る、ロックンロール・チューン『Wall Of Glass』

は、重く歪むノイジーなギターとブルースハープの出だし、リアム

御定番の高慢不遜な歌声と、ゴスペル風の女性コーラスのヴィヴ

ラートが絡んでいく展開は、古典的ながらも埃臭さはなく、リアムの

声のコンディションも全盛期に匹敵するかのようで(早朝ランニング

を日課にした成果が出てますねぇ)、バンドの形式を離れてソロ活

動になった彼が見つけ出した答えとも言える曲になっています。


言うまでもなく答えは、ロックンロールは今でも不滅なことだろう。







オアシスの雰囲気を感じる、『For What It's Worth』も素晴らしい。 


彼は「先に吠えたもの勝ち」のような態度が基本な一方で、感傷的で

ある意味弱音を見せる曲を歌って(オアシス時代は『Don't go away』

あたりの曲だろうか)、高慢不遜なキャラが鈍ってしまうのも魅力です。

特に「言っても仕方ないけど/傷つけてごめん/でも体の奥では炎が

燃えている」という率直な心境が歌詞で表現されていて、魅力的です。


なお、誰に向けての心境メッセージなのかは想像の通りかな?(笑)


全体を通して、昔の自分に恥じない自分であろうとするリアムの思いが

不器用ながらも成長して表現されているソロ・デビューアルバムだと思い

ます。

2017年10月21日土曜日

【書籍推薦】ロンドンの薫り高い珈琲店の店主の人情と正体とは? 『深煎りの魔女とカフェ・アルトの客人たち』

第5回ネット小説対象受賞作品で、著者の天見

ひつじ氏は、空と飛行機、お酒と珈琲が好きな

新人兼業作家です。『ビブリア古書堂の事件手

』のあと、レトロさやヴィンテージを背景にした

ノベルスは飽和している感がありますが、この作

品はコーヒー、焼き菓子、カクテルのふんだんな

薀蓄と、ビタースイートで心温まる人間模様のオ

ムニバスが店内の豊潤な薫りと絡まって、その

世界に同席しているような気分になります。








舞台は20世紀初頭ごろのロンドンのブルームズベリー街。

ひっそりと佇む、『カフェ・アルト』の女店主アルマは、「深煎り

の魔女」とあだ名され、彼女の珈琲、焼き菓子、カクテル、料

理に魅了される紳士淑女は数知れず。(話の冒頭で彼女が

ネル・ドリップで珈琲を淹れるシーンがあるが、この技術的

な意味がわかった読者は「渋い!」と思うこと必死だろう)。


そんな彼女の店で繰り広げられる、恋物語り、連続猫殺しの

推理、米国開拓帰りの英国紳士のウイットな話、仕事バカな

若き保険市場マンの話(英国はあの有名な船舶保険ロイズ

のある国ですね)、老いぼれた元炭鉱労働者の友情話、そし

て徐々に姿を見せてくるアルマの、お師匠様の正体とアルマ

自身の秘密などが、ほのかに苦くて甘い魔法にかかったコー

ジー・ストーリーを織り成します。


この本を読みながら、気になったので食文化雑誌「dancyu

(ダンチュウ)の2015年10月号の特集記事『コーヒー カフェ

ラテ エスプレッソ』を読み返してみると、なるほど珈琲という

日常的飲み物は本来、求道的に向き会わなければならない

ものではないが、大手店舗やお客の顔色を気にしていたら

負けてしまう、「僕(私)勝負」の世界であるし、ドリップの技

術や、牛乳の泡立てなど一方では腕前が試される世界観

あるのも、また然りなのを痛感すると共に、作者はコーヒーを

本当に愛して勉強しているし、これを土台にした世界を表現

したかったのだなぁ、と思いました。


繰り返しですが、レトロとファンタジーという手垢の付いたジャ

ンルで、著者は上記の薀蓄にビターでスイートな人間模様を

絡ませることで、普遍的で王道な娯楽小説を手堅くやっての

けています。コーヒー片手に休息して読みたくなる一冊です。


2017年10月15日日曜日

【書籍推薦】シンプルこそ難しいが素晴らしい人生と卵料理 辻仁成『エッグマン』

https://honto.jp/netstore/pd-book_28680126.html
元ECHOESの作詞・作曲・ボーカルの辻仁成さ

んが初めて手がける料理小説です。芥川賞受

賞作品『海峡の光』では、元いじめられっこの刑

務官と、元いじめっこの受刑者という、人生の暗

流と未来を描かれてましたが、この作品は元コッ

クの主人公が作る卵料理を通して、人生の愛お

しさと温もりがポップに伝わってくる一冊になって

ます。

創作の拠点をパリに移して15年、気負わずに軽

妙洒脱に書くようになったか、と思いました。









元料理人のサトジは一目惚れした相手のマヨと、12年ぶりに再会。

彼女は離婚を経験し、娘と二人で静かに暮らしていた。別れの理由

は夫の横暴なふるまい。このことが娘のウフの心の傷になっている。 

決して豊かとはいえない母娘の暮らしだが、スーパーで偶然出会った

サトジとマヨはひょんなことから卵料理をめぐる人生の渦に運ばれな

がら、ふたりの共通の行き着けの居酒屋で顔を合わせながらなんとも

用な関係を育んでいく……



ECHOESの時代は名曲『ZOO 愛をください』のようにシニカルな表現

をしていた人が、不器用な男を主人公にしてまわりの人間に温もりを

もたらす作品を書いているので、一気に感心して微笑みながら読んで

しまいました。物語の中心に出てくる卵料理も決して超絶技巧でない

と、作れないものではないし(技巧に越したことはないが) 、むしろそ

のことが、人生も料理もシンプルこそが難しいが、ここに幸せがある

んだ、ということを心と食欲(読んでいるだけで食べたくなる)に伝える

短編連作エンターテイメントになっています。



表紙の主人公の作画は、オノ・ナツメさん。欧米風の漫画を描いたら

彼女の右に出る人はいないと思います。そして、日本を離れてフラン

スに創作の場を移した辻さんですが、パリの同時多発テロ後も、 誰が

誰となく自由を求め「カフェに行こう」と市民たちが声を掛け合う姿など

を見たりして湧き上がってきた人生観は色々あると思います。


例えばマヨの元旦那さんが、粗暴でありながら、心根は粗暴ではなく

逆に娘のマヨが、その時がいつか来たならお父さんに会いたいと話

すくだりがあるのですが、これは素直な意味でシングルファーザーと

して生きておられる辻さんの優しい背姿を思い起こさせます。


どうやら、この作品はフランスから日本へと不器用な優しさと寛容さ

の風を届けようとする一冊であるかもしれないですね。

2017年10月14日土曜日

【洋楽雑感】英国の国民的ロックバンド、ステレオフォニックスが奏でる米国南部の薫り 『Maybe Tomorow』

英国ウェールズ地方の田舎町から飛び出

し、90年代のブリットポップ終焉と、その後

のギターロック不況を壁を乗り越えてきた

UKの国民的な労働者階級バンドと言え

ば、ステレオフォニックスの他ないだろう。






前回の記事で紹介した、『ヨーロッパ・コーリング』でも今や

UK音楽シーンのチャートを占めるのは高額の授業料を払う

ミュージシャン養成学校を卒業した、ミドルクラス以上の若

者たち、という実情が述べられており、これはビートルズは

無論のこと、セックス・ピストルズ、ザ・スミス、オアシスなど

名だたる労働者階級ロックンロール・バンドの後釜が登場

しない文化的危機として嘆く人も多いだろう。



同期のバンドが去っていくなか、ステレオフォニックスは王道

と普遍のギターロックを鳴らし続けてきたバンドで、 UK音楽

の特徴の一つである「ひねくれ」感がない。彼らが敬愛する

影響を受けたバンドは、AC/DC、レッド・ツェッペリン、エア

ロスミス、ZZトップ、ゲーリー・オールドマン・ブラザーズなど

骨太で男臭いサウンドばかりだ。(田舎出身の彼らにとって

入手可能な音楽は、メジャーなものしかなかっただろうことも

想像できるのだが、これはまた別の話しで)。



彼らの音楽を簡単に分類すると、ポップで力強いストレートな

ロック(あるいは米国の初期パールジャムのような70年代調

のハードロック)、古典作品への敬愛を感じさせるアメリカの

ルーツ・ミュージック、叙情的でスペクタクルな曲群(特にスト

リングスが効いている8枚目のアルバム)からなっています。






今回紹介する曲は、映画『クラッシュ』(2005年アカデミー賞作品賞受

賞)のエンディング曲として使用された、「Maybe Tomorrow」です。

米国南部のルーツミュージックに影響を受けた曲で、歌詞の内容は

暗めですが、ポジティブで成熟した空気に覆われたブルース曲に仕

上がっています。


こういう普遍で古典な曲を書けるUKバンドは再び出るだろうか?

2017年10月8日日曜日

【書籍推薦】英国在住の日本人保育士兼ライターが地べたからパンク的にルポする英国政治事情 『ヨーロッパ・コーリング』

https://honto.jp/netstore/pd-book_27924691.html
随分と前(学生時代)、日本の議会が英国議会

の討論と比べて作文答弁で面白みがなく、その

後、英国式を参考に議会答弁を改善(結果は別

として)した記憶があるが、僕個人の感覚では日

本国内でヨーロッパ関係の書籍は企画しても需

要が少ない気がする。

著者のブレイディみかこ氏は、96年から英国在

住の保育士兼ライターで、 本書は2014年3月か

ら、2016年2月までの英国と欧州の混迷を「労働

者階級(地べた)」からレポートした一冊です。







この本の題名を見て、ピンときた人も多いと思いますが、題名の

元ネタはUK音楽史上に名を残すパンク・ロックバンド、ザ・クラッ

シュの名曲『ロンドン・コーリング』です。著者自信も日本在住の

ころからパンク・ロックに傾倒(特にジョン・ライドン)しており、政

治のルポながら同書の節々で述べる意見には、パンクの精神が

打ち出されているのが特徴です。
 

ここでいうパンク精神とは一般的に次の意味を指すと思う。

Anyone Can Do It=誰だってやれる. 

Do It Yourself=既成概念に囚われずに自分達でやる


貧困でも尊厳はあるとする、キリスト教文化が根底にある欧米の

社会は、特に英国における労働者階級ヒーローや、生活保護の

申請も今は他人の力を借りるが、次を目指し頑張ろうとする態度

と見るが、逆に日本は貧困は恥とする意識が先立つのか、申請

すら躊躇うものが多いし、著者の次の論点は実に鋭い。


イエス・キリストというナザレの日雇い大工は「人はパンだけで生きて
いるのではない」と言った。欧米ではそれが「パンだけでなく薔薇もく
ださい」という「パンと薔薇」(引用者注釈:プロテスト・ソング)の歌詞
につながっていくのだが、日本人の「米と薔薇」は米ばかりこだわり
すぎて、薔薇も米の変形だと思っていたかもしれない。
 (中略)
だが、薔薇とはそんなものでない。ときには米を食らうことを拒絶する
ほど厳かで烈しいものであり、テーブルの上から垂れてくる誰かの食
べ残しを受け取ることを良しとしないものだ。



同書は英国の貧民街では、一日三食を食べることが出来ない

子供たちのために学校やコミュニティセンターで、無料で朝食

を食べさせる事前団体の存在や、食品会社はコーン・シリアル

のパッケージに子供の飢餓を根絶させるキャンペーンの表示

をしているなど、 先進国でありながら貧富の格差で貧困国並

みの暮らしがあることの報告から、スタートする。


読んでいて、正直、目眩がした。単純に日本と比較するのは

どうかとも思うが、欧州の左派勢力の迫力は、我が国のそれ

と比べて桁違いな気がする。著者は言う、「もはや右対左の

時代ではない。下対上の時代だ」と。わが国でも奨学金の

返済負担や、地方経済疲弊、ワーキングプアなどの問題が

取り上げられるが比較するとどうも温度差がある気がする。


米と薔薇、すなわち金と尊厳は両立する。米をもらう代わりに
薔薇をすてるわけでもないし、米を求めたら薔薇が廃るわけで
もない。むしろわたしたちは、薔薇を胸に抱くからこそ、正当に
与えられてしかるべき米を要求するのだ



気になったので聖書を紐解くと、「わたしの目にはあなたは高価で

尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ書43章4節)や、「

たしはあなたがどこに行っても、あなたと共にいる。あなたを守る。

あなたをこの土地に連れ帰る。わたしはあなたを決して見捨てない」

創世記28章)などから欧米社会における人間性の尊厳の基盤とな

るものが読み取れるものの、わが国古来の人間尊厳の基盤は何で

あったか? と、みかこ氏の同書を読み返しながら思案させられた。


欧州の地べたから、日本を、そして貧困白人層の問題を背景に宿す

トランプ政権の登場の経緯を伺うことが出来る、ノンフィクションです。

2017年10月7日土曜日

【漫画推薦】30歳OLと12歳美少年小学生の孤独と名前の無い関係性が織り成す物語 『私の少年』

宝島社このマンガがすごい2017<オトコ編>で

第2位にランクイン。連載開始されるやいなや

「漫画史上最も美しい第一話」と絶賛、書店員

の評価も高い声が相次ぐ作品との情報が気に

なり、僕も手に取りました。


スポーツ用品会社に勤める、多和田聡子(30

歳)の朝は体温計から始まる。なんとなく続け

8年目になるが、やめられないまま。会社には

上司で大学生時代に彼氏だった椎川がいて彼

の言動が気に障る日々。


ある夜、椎川からの仕事飲みを断った聡子が

公園で缶ビールを憂さ晴らしに飲んでいるとこ

ろにサッカーボールが転がってきた。フットサー

クル所属だった彼女はほろ酔いと半分条件反

射的にリフティングの実技指導をしてしまう。


しかし、ボールの持ち主は毎朝通勤途中でサッ

カーの練習をする男の子と思っていたが、彼は

美少女と見まがうほどの美少年だった。


ある別の夜、再び公園を偶然に通った聡子

は、不審者に腕を捕まれている少年を目撃し

助ける。そして彼女は、12歳の少年……早見

真修(ましゅう)に、毎晩サッカーを教える約束

をする。

ここに2人の其々の孤独と名前の無い関係性

と感状が寄り添い会う不思議な物語が始まり

ます。











著者によると、「美しいものを、自分の手が届かないところ

からじっとのぞき見たい」というところからスタートしたお話

です(このマンガがすごいWEBより)とのことで、丁寧な心理

と感状の描写、年相応の感状に揺れる聡子のモノローグや

真修の表情の変化(子供らしさからオトコらしさまで)などの

微細な要素が、じっとのぞき見たい、というよりも2人の日常

を静かに見守りたくなる作品に仕上げています



特に第1話で登場する毎朝の体温計測定というセンシティブ

な要素が最後にふたりの心の中にある孤独を浄化していく

流れは、美麗で秀逸だと思います。この作品は他にも携帯

ストラップや、ラムネ瓶のビー玉、花火、カーラジオ(岡本真

夜、ジュディアンドマリーという選曲はふたりの世代間表現と

して、さりげなく上手いなぁと思う)など様々な小さい要素が

物語りを巧く彩っていて、自然に感情移入させられます。



このあたりは、女性作家らしい視点の為せる技ですね。



もちろん、ふたりの衝撃的年齢差からくる世間体などのシリ

アスさも描かれていますが、恋人でも家族でもないがお互い

にとって、お互いが必要なのだと思わせてしまうのは、著者

の表現力もさることながら、愛着のなせるワザで、主人公の

聡子に「あの子に色々与えようとしたつもりが 私のほうが

あの子からたくさんもらってしまってたんです」と人間関係と

心の琴線に触れるセリフを言わしめていることからも、この

作品を安易におねショタ漫画に分類するのはどうかと思い

ます。



余談ながら、著者のスマホにはリバー・フェニックスや『太陽

と月に背いて』の頃のレオナルド・ディカプリオの画像がある

とのことで、映画ファンの視点でこの作品を読んでいくうちに

彼女は良い教養を持っている(純粋に褒め言葉。リバー・フェ

ニックスがまだ生きていたら映画と美青年の歴史がすこし変

化したかもしれないと、個人的には思ってます) からこそ描

くことが出来た、早見真修少年の純真さとカワイイらしさなの

だろうと納得しました。


月刊アクションで連載中で、今後の展開が楽しみです。