2016年5月8日日曜日

【書籍推薦:元祖イノベーションの国・ギリシア】 『ギリシア人の物語Ⅰ 民主制のはじまり』


僕個人の感覚だが、塩野七生さんは歴史研

究と歴史小説の中間を行こうとしている点に

おいて、司馬遼太郎さんと通じるものがある

と思う。ユリウス・カエサルを筆頭とする古代

ローマの豪傑やルネッサンスのヒーローなど

の歴史を通して、理想の君主(リーダー)とは

何か、人間や国家社会とは何かを同時代の

人物達に惚れ込んで、活き活きと平明に描き

きって、後は読む人の感受性に任せる。






盛者必衰は、歴史の理である。現代に至るまで、一例も例外を
見なかった、歴史の理である。
それを防ぐ道はない。人智によって可能なのは、ただ、衰退の
速度をなるべくゆるやかにし、なるべく先にのばすことだけである。
『海の都の物語 ヴェネチア共和国の一千年』より。


こういう合理主義的でリアリズムな歴史観を持つ塩野さんの最新作は

古代ギリシアの世界です。当時のローマは王政を脱して、共和制時代

に入ったものの、アドリア海の挟んですぐ隣であるギリシアには「鼻も

ひっかけられなかった」時代です。短距離走者でイノベーションの塊と

表現する古代ギリシャの豪傑たちの生き様、智恵と力量が、描かれま

す。


本書のハイライトは、巨大な侵略者ペルシャ帝国との対決だろう。


都市国家の集合体で、異なる政体と軍事組織を有していた各国家の

足並みが揃わず、レオダニス王と部下300名がペルシャの大軍を相

手に力戦し全滅した「テルモピュライの戦い」や、知将ヘミストクレスの

改革で誕生したアテネ海軍の決定的勝利となった「サラミス」の海戦な

ど手に汗握る戦役を経て、欧米精神の母体がギリシアに登場したので

はないか、と塩野七生女子は読者たちに次のことを想像させている。


戦いは組織人の数や個々の素質というより、組織人全員の資質を集

めて活用する能力で決まるのではないか?ただし、人間は偉大なこと

をするし、同時にとんでもなく愚かなこともする。洞察力にすぐれた人

はいるが、大抵の人間は自分が見たいことしか見ない、という存在で

あることを


元々、民主制は見たいことしか見ない人間の危うさと裏腹なのだ。


こういう存在である人間を導く「哲学」と、この善悪をありのままに記録

する「歴史」という人文科学は、かくしてギリシアで「創造」された、という

ギリシア人のイノベーターとしての物語が塩野女史の手でここにスタート

しました。続きの巻はまだ先ですが、早くも楽しみです。


2016年5月5日木曜日

【書籍推薦:無人航空機による空軍の新しい政治力の夜明け】 『ハンター・キラー アメリカ空軍・遠隔操縦航空機パイロットの証言』

1万キロの彼方から敵を撃つ−。「白い悪魔」

とアルカイダから恐れられ、初めて注目を浴

びた、米空軍遠隔操縦航空機(RPA)部隊の

内情とは何か?


著者は米空軍の中佐で情報将校、遠隔操縦航

空機(プレデターとリーパー)の操縦士と第60遠

征偵察飛行隊指揮官の経歴及び、アルカイダ幹

部の殺害任務参加の経歴を持つ。









普段プレデター飛行隊は、他部隊を支援しても何一つフィードバック
をもらわない。文句しか言われない。いかに些細であれ失敗すれば
集中砲火を受ける。我々の世界では、フィードバックがないのは、自
分たちがやるべきことをきっちりこなしている印だ(p.384)


同書によるパイロットの定義は「地球上もっとも高いところにいる

生命体」となっている。これはパイロットの傲慢さというより、地上

より遥か長く遠くて誰も助けに来てくれないという任務の危険性と

このことからくる自信を表現しているものだという。


しかし2003年の12月当時、プレデター・プログラムに志願する者は

ほとんど存在しなかった。著者もふくめてプレデターパイロットの多

くは、適性や技術面の壁、昇進の壁など「ワケありで」プレデターの

部隊に配属されれば先はない、とされていた(著者は情報将校出身

の内勤者で、前線で戦うためにプレデター部隊に志願した)。


著者の回想を通して見えてくるのは、遠隔操縦機による偵察・攻撃

任務が決して気楽ではないことだ。彼らは様々な戦術面や技術面で

の課題を乗り越えなければならなかった。決してディスプレイの前に

ある微動だにしない操縦席でコンピュータゲームをするのではない。


アフガニスタンなどでの悪天候下での飛行制御、誤爆を防いで空爆

の効果を出すため、地上にいる統合末端攻撃統制官などと連携する

交戦規定の厳守や、他部隊との連携、プレデターの主力兵装である

ヘルファイア・レーザー誘導ミサイルの攻撃調整や、ロジスティクスな

ど、数え出すとキリがない。


任務を終えて基地を出るとそこは戦場ではなくて、自分が暮らしている

町になることからくるメンタル面での苦悩のほか、上層部や陸軍や海

軍との抗争などを経ながら、期待されていなかった部隊が次第に「次

世代の航空戦のシンボル」となる過程が等身大の視点で述べられる。


本書は遠隔操縦航空機(RPA)の法的・倫理的・政治的課題を論じる

ためのものではないが、次の点は頭に入れる必要があると思う。すな

わち地上を物理的にかつ継続的に支配出来ない空軍は強力な機動

能力と火力を活かして、限定的に政治目的と軍事目標を達成する「技

術手段」になったとき、ベトナム戦争のように敗退及び弱点を露呈しや

すくなることだ。


地上を物理的にかつ継続的に支配するのは歩兵の他にはない


戦争とは他の手段を持ってする政治の継続である、と著作『戦争論』の

なかでクラウゼヴィッツは述べた。将来、戦場の空は無人機が主力と

なるのか?答えはまだ無いが、本書で描かれているのはどうやら紛れ

もなく 「旧世代にないテクノロジーをもってする政治の継続」を目指す新

世界の幕開けに他ならない気がする。