記事で、読書は人間の心の渇きを潤すもの、という話をしま
した。人はパンのみに生きるものにあらずで、今回紹介する
本と併せて、「人間の尊厳と生命力の礎たる読書」企画の三
部作とします。
本作は事実に基づいて構成され、フィクションで肉付けされた
物語りで、著者はスペインの文化ジャーナリストです。
1944年、アウシュヴィッツ強制収容所内の第31
号棟は、ナチスが国際監視団の視察を欺くため
表向き穏和な施設として家族と子供たちを収容
していたが、実際は過酷な強制労働と不衛生の
蔓延、朝食はお茶、昼食は微小なスープ、夕食
は破片程のパン、そしてナチス親衛隊の厳しい
監視と、ガス室送りにされる恐怖が過る日々。
大きな目標は持たない。ただ、一瞬一瞬を生き延びる日々。
しかし、ここにはナチスの知らない「学校」と「図書館」があった。
ドイツ出身の聡明で勇敢なユダヤ人青年のフレディ・ヒルシュ
によって収容所バラックのなかに作られた「学校」では子供達
への教育が密かに行われている。
ある日、主人公で14歳のチェコ系ユダヤ人のディタは、図書係り
に志願し、任命される。彼女に託されたのは、わずか8冊の本。
彼女は服の内ポケットや、部屋の片隅に所持が禁止されている
本の隠し場所を作り、発見されたら処刑される恐怖と戦いながら
図書を管理する役目を務めて、自分自身も読書で成長していく。
作品内に登場する本が秀逸です。ヤロスラフ・ハシェク『兵士シュ
ヴェィクの冒険』、フロイト『精神分析学入門』、アレクサンドル・デ
ュマの『モンテ・クリスト伯』、H・G・ウェルズの『世界史概観』など。
どの作品も人間の想像力を掻き立てたり、人間の本質に迫ったり
風刺をしたり、反骨精神に富んだ物語を教えてくれるものです。
もちろん、明日は生きるか死ぬのかわからない者たちに教育や
図書を施してどうなるのか疑問視する向きもあるとは思います。
しかし、歴史上の抑圧者が共通して本と教育を奪おうとしたこと
を鑑みれば、読書は人間にものごとを考えることを促す武器にな
る可能性(為政者から見れば危険性)と、言葉と想像力が人間の
尊厳と想像力の礎になっていることを証明している(人権運動家
のマララ・ユフスザイ氏のノーベル賞受賞スピーチもそう)と思う。
本作品は「書籍」「学校」というキーワードを軸としてあり、今まで
のユダヤ民族の歴史に付随しやすい「被害者」「哀れさ」以外の
視点からアウシュビッツの内情を描き、極限の状態でも本を読む
ことの意義を提示した英雄エディタ・アドレロヴァ(ディタ)の姿は
新しいアウシュヴィッツのヒロインと言えるのではないだろうか。
この世には、幸福もあり不幸もあり、ただ在るものは、一つの状
態と他の状態との比較にすぎないということなのです。きわめて
大きな不幸を経験したもののみ、きわめて大きな幸福を感じるこ
とができるのです。(中略)人間の叡智はすべて次の言葉に尽き
ることをお忘れにならずに。待て、しかして希望せよ!
『モンテ・クリスト伯』より
世界の平和を願い、読書を愛する全ての人に推薦する一冊です。
本が与えてくれる「贈りもの」の力を再認識させられます。 もちろん
この「贈り物」の力は今すぐ表れるものでないですが、必ずきっと。
0 件のコメント:
コメントを投稿