バル国を常にリードする存在だった。北極点に
到達すること、アジア(中国圏)へと続く北西航
路を発見することは、当時の極地探検の世界
において最大の冒険的目標だった。
1845年、北西航路の探検隊の隊長に選ばれた
ジョン・フランクリン率いる部隊は、国威と共に
未だ見ぬ欧州とアジアを繋ぐ北西航路の探す
も、カナダ北極圏で消息を絶ち、129名全員死
亡となった。
史上初めて北西航路の発見に成功したのはノルウェーの
ロアール・アムンセン率いる探検隊だった(1903~06年)。
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【極限状況ノンフィクションの推薦過去記事】
● ルポ 『レッド・プラトーン 14時間の死闘』
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冒険作家である、角幡唯介氏はフランクリン隊が見た風景
を自分でも見たくなり、北極探検家の荻田泰永氏と2011年
2月22日、日本を出発する。二人の旅の工程は、北極圏の
レゾリュート湾を出発し、フランクリン隊で最後に生き残った
とされる何名かが目指したとされる北米大陸の不毛地帯の
先にあるベイカー湖へ……。
著者は本書の題名であるアグルーカ(イヌ
イット語で「大股で歩く男」の意味)の存在
を求めて、極寒の地を荷物を満載したソリ
を自力で引きながら歩く。
寝息でテントに霜が張り、唇の血も凍るほ
どの体力を容赦なく蝕む自然環境下を行
く著者の精神力もすごいが、冒険と文献を
相互に展開させる筆力と展開力の巧みさ
も素晴らしい。さながら、ミステリーのトリッ
ク解きで、読者を極地探検の世界に誘う。
本書を読んで痛切に感じるのは、命の危険を犯してまで
も、極寒の極地に身を置き、「飢餓感」に晒されながらも
地図なき世界で何かを探さんとする、冒険家精神の迫力
と、生は死を内包することでしかあり得ない、哀しさだ。
探検の途中、著者は「飢餓感」から麝香牛を撃ち殺し、その
肉を食べるのだが、そこにあるのは人間の生と死の根底に
ある、「食べる」ことの究極的な姿に他ならない。もちろん、こ
のことはフランクリン隊のカニバリズムの悲劇に比べれば生
易しい話だろうと思うが、我が国が戦時中に米国潜水艦によ
って行われた「飢餓作戦」で物資欠乏のどん底に落ちた歴史
は決して遠い昔の話ではない。
腹を下してでも、自分で仕留めた肉を貪る姿は人間の生と死
を巡る物語は絶えることなく続いていることを思い起こさせる。
探検の後半、著者は中継地点の村に、衛星携帯電話を置いて
ゆく決断をするシーンが印象的だ。連絡をして助けてもらえる道
具を持つことは冒険の要素を薄めるからだ。次の一説は実にスト
イックで、納得させられる。
冒険をすることの目的とは自然という何が起きるか分からない
世界に深く入り込むことにある。奥に入れば入るほど、自然は
自分が生きて存在しているという厳然たる事実を身体に突きつ
けてくる。(p.297)
この厳然たる事実の先に、著者が見たものは何か?
詳しくは本を手にして見て欲しい。
本を通して、あなたも北極圏を冒険したような感状が湧くと思う。
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