2009年10月3日の早朝、アフガン北辺の米軍の
戦闘前哨(COP)キーティングをタリバンの大部
隊が奇襲した。周到な襲撃計画と猛烈な銃火を
前に、米兵たちは全滅の危機に陥った。敵の奇
襲当時、レッド小隊(レッド・プラトーン)のセク
ション・リーダーとして防御の一翼を担ったクリン
トン・ロメシャ元陸軍二等軍曹(後に名誉勲章を
受章)が自ら筆を執り、アフガニスタン戦争史上
最悪の戦闘の真実を語る本作は、硝煙の臭い
を嗅ぐような筆力があり、息を飲むばかりです。
戦略の始祖たる孫子は、九変編のなかで、「将たるものが臨機
応変の運用に通じていなければ、たとい地形を掌握していたと
しても、地の利を生かすことができない」と、戦闘における地形の
重要さと理論と経験のバランスの大切さを喝破しているが、本書
の舞台である、戦闘前哨キーティングはあたりを高地に囲まれた
渓谷の低地という、戦術上あきらかに不利な地点にあり、米軍は
当初の段階から戦略的失態を犯していた。
戦闘前哨の兵舎内に誰かが書いた次の文字が、この場所の
最悪さを言い当てていた。
"いまよりマシにならないぜ(It doesn't get better)"
彼らは監視する側ではなく、監視され狙われる側だったのだ。
また、戦闘前哨の防御設備も「穴」だらけで、著者などから強
化が進言されたが、まもなく戦闘前哨キーティングは廃棄され
るので、余計な予算と資源は投入不可能と、上官は意見具申
を却下した。後に彼らを襲う悪夢のことなど露ほど知らぬまま。
元・国防長官のロバート・マクナマラは、ご存知の人も多いと
思われるがMBA(経営学修士)ホルダーで、合理的・科学的
な手法による秀才ぶりを、政策でも発揮しようとしたベトナム
戦争にて、北ベトナム軍のナショナリズムがもたらす力を甘く
見て、敗北し、後に反省したことで有名だが、再びアメリカ軍
は度重なる派兵からくる疲弊などにより、アフガンの地で同じ
ような自らの甘さからくる作戦の失態をここに犯してしまった。
著者は、全滅寸前の戦いであったにも関わらず、感傷を抑え
ながら決して純粋無垢でも、当時活躍した特殊部隊のような
英雄(スーパーヒーロー)でもない、第61騎兵連隊第3偵察大
隊B中隊、特にレッド小隊の隊員たちを、アメリカの多様性の
縮図のように個々の個性(貧困から逃れたくて入隊、優秀な
下士官だが飲酒や、傲慢さが欠点なもの、些細な服務違反
をするのが好きなもの、防弾ベストの隙間にスポーツ雑誌や
ポルノ雑誌を隠し持つものなど)を描き、戦闘場面では哀調
と不屈の精神で心奪われる文章で描写しており、戦闘記録
文学における不屈の一冊になるだろう。
特に絶望的に不利な状況下にありながら、反撃のための部
隊を率先して編成し、拠点を奪還した著者の精神や、銃火の
なか戦死したメンバーの遺体回収に向かう兵士同士の絆は
目頭が熱くなるのを抑えられないし、先に述べた戦闘前哨の
配置ミスという戦略的失態をした上層部の醜態に晒されつつ
も、秒や分刻みで息付く間もなく描写されるレッド小隊のメン
バーの奮戦は、戦死者への最大級の賛辞と、墓碑銘へと昇
華しており、あのアフガニスタン戦争とは一体何であったのか
を読者に問いかけてきます。
本作品はソニー・ピクチャーズが映画化権を獲得して、監督や
プロデューサーに様々な名前が上がり出してます。この「カム
デシュの戦い」がどう映像化され、どのように鑑賞者の心へと
訴えかけるのか期待したいところです。
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