開化期の日本を司馬遼太郎が、「少年の国、日
本」と表現し、不慣れながら、「国民」になった日
本人は、日本史上の最初の体験者として、その
新鮮さに高揚したとし、その痛々しいまでの高揚
感がわからなければ、この段階の歴史はわから
ないとしたが、本作は江戸から明治へ姿を変えて
いく北海道・函館を舞台に、その二つの時代の狭
間で生きた人々の思い--逡巡、悔恨、決意--を
見事な端正な文体で浮穴みみ氏は描いている。
本書は磨きぬかれた五篇の短編時代小説集で、このような
短編集の場合、音楽で例えれば「遊び曲」な作品もあるもの
なのですが、全編力作で、かつ、切り詰めた文体で開発途上
の函館を、老いた洋船大工の情熱や、英国商人に仕えた女
性がほろ苦く自分の若いころを回想する話、北海道庁の初代
長官・岩村道俊の開拓への決然たる意思や、欧米式の土木
工学を学んだ下級役人が見た時代がもたらす悲哀などの様
々な人間ドラマの視点を通して描いており、 目裏にじんとくる
読了感があります。
正に短編時代小説の醍醐味と手本、と言ったところでしょうか。
著者の浮穴みみ氏は北海道出身で、平成30年には北海道が
命名150周年になり、胸中に色々な思いが交錯するなか執筆
したであろうことと思います。開墾者精神、西洋式教育で変化
する日本人の心の機微、新天地に夢を抱くも時代の流れに翻
弄されるヨーロッパ人の悲哀など、司馬先生とは異なる視点で
あの「痛々しいまでの高揚感」の時代を生きて「豊穣なる大地」
の礎となった明治人の姿が訴えかけてくるかのような作品です。
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