英蘭戦争に揺れる17世紀オランダ。若き職業画
家ヨハネス・フェルメールとのちに微生物学の礎
となる科学者アントニー・レーウェンフックは、港
町デルフトで、夢目指して動く日々。しかし、陶器
の名産地であるこの町で、陶工が次々と姿を消
す事件が発生する。
ある日、フェルメールとレーウェンフックのふたり
は、運河に長い棒を突き刺して渡る遊び(後の
フィールトヤッペン競技)の最中に対岸で、遺体
を発見する……。
最初は本を手にしたときは、「光の魔術師」、「微生物学の父」という
海の遥か彼方にあるヨーロッパの歴史上の大人物を日本人作家が
どう動かすか非常に気にしましたが、芸術ファンを堪能させてくれる
要素(あの名画たちの原風景)と、フェルメールとレーウェンフックの
時を越える友情、オランダ東インド会社の隆盛などの史実を盛り込
みながら、最後の謎解きへ収束していく過程は精緻で、良質の青春
アートミステリーに仕上がっています。
思わずにんまりとしたのは、著者が少年時代のフェルメールをガキ
代将で子分に取り巻かれていたと表現し、青年になってからは幼馴
染(元・子分)と酒を交わして、次の瞬間、運命の恋に落ちるという設
定です(しかし、これが一癖も二癖もある事情が付いた恋なのですが
元来オランダは自由・個人主義・国際市場を生きてきた国柄ですし)。
こんな彼でなければ、あんな観察力と感性のある作品は不可能だと
思わず想像の世界で納得させられてしまいました。また、上手なタイ
ミングで、後に彼が「微生物学の父」と言われる若きレーウェンフック
の観察力が発揮されるシーンが挿入されたり、日本やオリエンタリズ
ムとオランダの関係が終盤で自然に絡んでくる話のくだりは見事です。
ところで、フェルメールとレーウェンフックの友好・交流を示す記録文章
は存在していませんし、間接証拠止まりですが、フェルメールの作品を
鑑賞する前に、この小説を読んでおくと、また違った新鮮な感覚で楽し
めると思います。
2017年10月5日木曜日
2017年10月2日月曜日
【漫画推薦】刑期100年を終えた男と、世話焼き娘が60年代のLAで運び屋コンビを組む『レディ&オールドマン』
オノ・ナツメさんの漫画の特徴は、何を今更と
言う向きもあるかとは思いますけど、海外の漫
画やアートに強く影響を受け、まるで外国映画
を見るような大人な雰囲気とテンポの作風さに
あります。
今回紹介する『レディ&オールドマン』はその
作風を遺憾なく発揮し、60年代のアメリカ、ロサ
ンゼルスのオールディーズな雰囲気を同年代
映画のように描きます。
舞台は63年の米国・ロサンゼルス郊外。
好奇心旺盛でお節介焼きなダイナー(食堂)の
娘、シェリー・ブライトは、彼氏と別れたある日
の午後、100年の刑を終えて出所したという「老
人」と出会い、ひょんなことから自宅のダイナー
に連れて帰ることになる。旧収容棟の「最後の
住人」と噂される彼の正体は何と……。
ここから物語は動き出す。
時に事件に巻き込まれ、時に事件を解決しな
がら、何も出来ない男と、好奇心で行動派の娘
の2人はある成り行きから「運び屋」として相棒
同士となり、街から街へと渡り歩く。
彼らの通り名は“レディ&オールドマン"!
静かに迫る、謎の追っ手の追跡を逃れながら
男は、自分自身の過去を見つけることが出来る
のだろうか?
現在、ウルトラジャンプで連載中で、話の盛り上がりもこれから
のところですが、ウルトラジャンプという青年誌のなかで60年代
の米国(戦後の穏便な平穏さから、若者たちのカウンターカル
チャーの扉が開いた時代ですね) の臭いがプンプンする作品
を描いているのは、逆に新鮮で斬新に思えます。ジョージ・クル
ーニーの映画『マイ・インターン』で主人公が述べる「クラシック
は不滅だ」はクラシックの普遍さを説いた台詞ですが、普遍的
作風の中で織り成す主人公2人の凸凹な相棒関係も魅力的で
す。
片方は100年の刑務を終えた静かな年季を感じさせる男、また
一方はまだ人生これからで度胸と好奇心満載の19歳の小娘。
余談ながら、作中にスティーブ・マックイーンやレコードだけが
上陸したばかりで米国ではまだ無名のビートルズがちらっと
登場したり、主人公がエルヴィス・プレスリーのことを知らない
など、作品の時代感と独自性を打ち出す描写にも注目です。
これからも続きから目が離せない作品です。
言う向きもあるかとは思いますけど、海外の漫
画やアートに強く影響を受け、まるで外国映画
を見るような大人な雰囲気とテンポの作風さに
あります。
今回紹介する『レディ&オールドマン』はその
作風を遺憾なく発揮し、60年代のアメリカ、ロサ
ンゼルスのオールディーズな雰囲気を同年代
映画のように描きます。
舞台は63年の米国・ロサンゼルス郊外。好奇心旺盛でお節介焼きなダイナー(食堂)の
娘、シェリー・ブライトは、彼氏と別れたある日
の午後、100年の刑を終えて出所したという「老
人」と出会い、ひょんなことから自宅のダイナー
に連れて帰ることになる。旧収容棟の「最後の
住人」と噂される彼の正体は何と……。
ここから物語は動き出す。
時に事件に巻き込まれ、時に事件を解決しな
がら、何も出来ない男と、好奇心で行動派の娘の2人はある成り行きから「運び屋」として相棒
同士となり、街から街へと渡り歩く。
彼らの通り名は“レディ&オールドマン"!
静かに迫る、謎の追っ手の追跡を逃れながら
男は、自分自身の過去を見つけることが出来る
のだろうか?
現在、ウルトラジャンプで連載中で、話の盛り上がりもこれから
のところですが、ウルトラジャンプという青年誌のなかで60年代
の米国(戦後の穏便な平穏さから、若者たちのカウンターカル
チャーの扉が開いた時代ですね) の臭いがプンプンする作品
を描いているのは、逆に新鮮で斬新に思えます。ジョージ・クル
ーニーの映画『マイ・インターン』で主人公が述べる「クラシック
は不滅だ」はクラシックの普遍さを説いた台詞ですが、普遍的
作風の中で織り成す主人公2人の凸凹な相棒関係も魅力的で
す。
片方は100年の刑務を終えた静かな年季を感じさせる男、また
一方はまだ人生これからで度胸と好奇心満載の19歳の小娘。
余談ながら、作中にスティーブ・マックイーンやレコードだけが
上陸したばかりで米国ではまだ無名のビートルズがちらっと
登場したり、主人公がエルヴィス・プレスリーのことを知らない
など、作品の時代感と独自性を打ち出す描写にも注目です。
これからも続きから目が離せない作品です。
【書籍推薦】極限に挑む男と野良犬が起こした奇跡の感動話 『ジャングルの極限レースを走った犬アーサー』
2014年のアドベンチャーレース世界選手世間に
参加し、目指すは優勝のスウェーデンチームの
なかに著者で隊長のミカエル・リンドノート氏は
奇跡の友情を経験する。標高7000メートル、全
長700キロメートルを走破しなければならない過
酷で、泥まみれ、傷まみれのレースで彼が経験
した軌跡の友情は、道中で出会った一匹の野
良犬だった。これは極限下を生きてきた著者と
一匹の犬の共鳴するかのような出会いと交流を
描くノンフィクションです。
少年時代から、お前は弱いとずっと言われ続けてきた著者の
リンドノート氏は、子供の頃はプロのホッケー選手になること
を夢見てきた少年だった。しかし、1993年のある日、コーチか
ら戦力外通告を受けた少年時代の彼はすっかり打ちひしがれ
た。生まれつきの才能があるわけでなかったが、彼はスポーツ
を心から愛し、勝ち負けには徹底的にこだわった。
やがて兵役義務の年齢が来ると彼は最長15ヶ月の軍事訓練
を選択し、レンジャー訓練も乗り越える。あのアイスホッケーの
件があって以来、自分は何かを成し遂げられる存在であること
を、父親と自分に証明するためにだった。兵役を終え、しばらく
すると彼は自分を虜にするスポーツ、アドベンチャーレースに出
会うのだった。
このアドベンチャーレースは、過酷な地形のトレッキングにオリエ
ンテーリングの要素を加え、サイクリング、急流のカヤック下りな
どを組み入れており「やるような人間はまともじゃない!」競技と
されている。
この作品は、こんなタフネス精神の持ち主だが、いままで犬を
飼おうなんて一度も思ったことのないリンドノート氏と、ペットの
保護意識が希薄だったエクアドルを傷だらけで生きてきた野良
犬アーサーの忠犬ぶりさと間抜け犬ぶりさの程よいバランスが
織り成す、「北欧版の忠犬ハチ公」かもしれない。すべての動物
好き(特に犬好き)にお薦めの一冊と思います。
極限を生きてきたもの同士が、レースを通して心で通じ合い、最
後に絆以上のものを得て、エピローグへと走っていく姿は、ペット
の飼育放棄が散見される日本において、人間と動物とのあるべ
き関係を見せているようで、読者の心を打つことでしょう。
参加し、目指すは優勝のスウェーデンチームの
なかに著者で隊長のミカエル・リンドノート氏は
奇跡の友情を経験する。標高7000メートル、全
長700キロメートルを走破しなければならない過
酷で、泥まみれ、傷まみれのレースで彼が経験
した軌跡の友情は、道中で出会った一匹の野
良犬だった。これは極限下を生きてきた著者と
一匹の犬の共鳴するかのような出会いと交流を
描くノンフィクションです。
少年時代から、お前は弱いとずっと言われ続けてきた著者の
リンドノート氏は、子供の頃はプロのホッケー選手になること
を夢見てきた少年だった。しかし、1993年のある日、コーチか
ら戦力外通告を受けた少年時代の彼はすっかり打ちひしがれ
た。生まれつきの才能があるわけでなかったが、彼はスポーツ
を心から愛し、勝ち負けには徹底的にこだわった。
やがて兵役義務の年齢が来ると彼は最長15ヶ月の軍事訓練
を選択し、レンジャー訓練も乗り越える。あのアイスホッケーの
件があって以来、自分は何かを成し遂げられる存在であること
を、父親と自分に証明するためにだった。兵役を終え、しばらく
すると彼は自分を虜にするスポーツ、アドベンチャーレースに出
会うのだった。
このアドベンチャーレースは、過酷な地形のトレッキングにオリエ
ンテーリングの要素を加え、サイクリング、急流のカヤック下りな
どを組み入れており「やるような人間はまともじゃない!」競技と
されている。
この作品は、こんなタフネス精神の持ち主だが、いままで犬を
飼おうなんて一度も思ったことのないリンドノート氏と、ペットの
保護意識が希薄だったエクアドルを傷だらけで生きてきた野良
犬アーサーの忠犬ぶりさと間抜け犬ぶりさの程よいバランスが
織り成す、「北欧版の忠犬ハチ公」かもしれない。すべての動物
好き(特に犬好き)にお薦めの一冊と思います。
極限を生きてきたもの同士が、レースを通して心で通じ合い、最
後に絆以上のものを得て、エピローグへと走っていく姿は、ペット
の飼育放棄が散見される日本において、人間と動物とのあるべ
き関係を見せているようで、読者の心を打つことでしょう。
2017年9月30日土曜日
【書籍推薦】ある独立した女性がベルリンの散策で見つけたものとは? 『百年の散歩』
私小説というジャンル自体、現代では数少ないと
思う。絵空事のストーリーを楽しむロマン主義を
否定する形で生じたリアリズム(写実主義)の極
北に相当する作品で、身辺や自分自身を語る作
品が私小説というジャンルと思うが、この作品は
エッセイ風にも感じられるし、著者の言葉遊び(韻
を踏む)や、主人公のハードボイルド探偵のよう
な視線や空想世界が闊達に描かれるなど、私小
説のイメージを超えた、ベルリンという街を通した
自分(独立した女性像)と「都市論」になっている。
主人公のわたしは今日もあの人を待っている、ベルリンの通りを歩きながら。
都市は官能の遊園地、革命の練習台、孤独を食べるレストラン、言葉の作業
場、と思いながら。世界中から人々が集まるベルリンの街を歩くと、経済の運
河に流され、さまよい生きる人たちの物語が、かつて戦火に焼かれ国境に分
断された土地の記憶が立ち上がる。
本作はガルシア・マルケス『百年の孤独』を想起させるタイトルだが、 オマージ
ュと言うよりはむしろ、2006年よりベルリン在住の多和田氏が街を歩きながら
発見したり感じたりしたことを主人公に託し、「あの人」に最後の最後まで会うこ
とがない(あの人の性別は作品中では語られない) 都市での孤独と、戦後のベ
ルリンという都市が歩んできた「孤独さ」を百年という数字にあやかって表現して
いる気もする。しかし、その孤独さは、瑞々しい文体と刹那さ、先ほども述べた言
葉遊び、空想、様々な歴史と文明が入り乱れるベルリンに実在する10の通りの
情景を舞台にして、紛れ込んでいきます。
作家はなんで頼まれもしないのに自分を私小説で話すのか?
以前、上野千鶴子氏が多和田氏の作品を、ジェンダー論の視点から絶賛した記
憶があるが、この作品はジェンダー論を感じさせるものでもないし、逆にベルリン
という都市がすぐになじめる感じでないことが伝わってくる。(客観的にどうである
のかは別として)。しかし、僕の記憶が誤りでなければ多和田氏はまだ独身のは
ずであるし、異国の地で感じることが多々あるはずな以上、本書は現代における
私小説の新しい答え(海外における独立した女性像)を出す上での興味深い一冊
になると思います。
思う。絵空事のストーリーを楽しむロマン主義を
否定する形で生じたリアリズム(写実主義)の極
北に相当する作品で、身辺や自分自身を語る作
品が私小説というジャンルと思うが、この作品は
エッセイ風にも感じられるし、著者の言葉遊び(韻
を踏む)や、主人公のハードボイルド探偵のよう
な視線や空想世界が闊達に描かれるなど、私小
説のイメージを超えた、ベルリンという街を通した
自分(独立した女性像)と「都市論」になっている。
主人公のわたしは今日もあの人を待っている、ベルリンの通りを歩きながら。
都市は官能の遊園地、革命の練習台、孤独を食べるレストラン、言葉の作業
場、と思いながら。世界中から人々が集まるベルリンの街を歩くと、経済の運
河に流され、さまよい生きる人たちの物語が、かつて戦火に焼かれ国境に分
断された土地の記憶が立ち上がる。
本作はガルシア・マルケス『百年の孤独』を想起させるタイトルだが、 オマージ
ュと言うよりはむしろ、2006年よりベルリン在住の多和田氏が街を歩きながら
発見したり感じたりしたことを主人公に託し、「あの人」に最後の最後まで会うこ
とがない(あの人の性別は作品中では語られない) 都市での孤独と、戦後のベ
ルリンという都市が歩んできた「孤独さ」を百年という数字にあやかって表現して
いる気もする。しかし、その孤独さは、瑞々しい文体と刹那さ、先ほども述べた言
葉遊び、空想、様々な歴史と文明が入り乱れるベルリンに実在する10の通りの
情景を舞台にして、紛れ込んでいきます。
作家はなんで頼まれもしないのに自分を私小説で話すのか?
以前、上野千鶴子氏が多和田氏の作品を、ジェンダー論の視点から絶賛した記
憶があるが、この作品はジェンダー論を感じさせるものでもないし、逆にベルリン
という都市がすぐになじめる感じでないことが伝わってくる。(客観的にどうである
のかは別として)。しかし、僕の記憶が誤りでなければ多和田氏はまだ独身のは
ずであるし、異国の地で感じることが多々あるはずな以上、本書は現代における
私小説の新しい答え(海外における独立した女性像)を出す上での興味深い一冊
になると思います。
2017年9月29日金曜日
【漫画推薦】あるのはキネマへの「愛」と「哀」の喜劇なんですね 『木根さんの1人でキネマ』
いけない…
人間趣味にハマリ出すと○○好きは
こうあるべきだと ありもしないルールがある
と思い込み 更に他人にもそれを強いる
第3巻16本目『ファイト・クラブ』より
30ン歳独身OL・木根真知子(きね・まちこ)さん
の趣味は1人で映画を観ることと感想を自身の
ブログ『1人でキネマ』に書くこと。会社では課長
職で、実は美人なのだが偏った映画愛のため
に迫害(苦笑)を受けてきた彼女は、社会性(擬
態)を使い、会社では趣味が映画なのを隠して
います。
こじらせちゃってる木根さんの残念な生き様(笑)
を通して見えてくるのは、映画好きの映画好き
による、映画への「愛」と「哀」が織り成すギャグ
の数々です。人間、自分が好きなものを他人に
推薦するときにあるのは自分は○○な人間な
んだよ、という社会的承認欲求が根底にあるも
のですが、マズローの欲求5段階説の通り、こ

の欲求が承認されないと、人は孤独感に陥りま
す(趣味は自己実現欲求の一部でもある)。
この作品はキレイな画力でそのあたりの孤独を
上手く、パワフルなギャグ漫画へと昇華させて
おり、正に映画好きの映画好きによる、キネマ
への「愛」と「哀」が堪能出きる作品です。作品
に登場する映画タイトルも、「ターミネーター3」
や、「ファイト・クラブ」など絶妙の偏り加減で
す。元ネタを知る人も知らない人も楽しめます。
しかし、自分の姪に『ジョーズ』って(苦)
あと、映画も作品によってヒエラルキー(階級)がある
ことに触れつつも、好きな作品を好きに見る木根さん
の姿勢が痛快です。「どんな映画が好きかで人間の
価値が決まるわけじゃないのに…」
余談ながら僕自身、アンドレイ・タルコフスキー監督の
作品群に挑戦したこともありましたが難解でした(笑)
ある意味、これはギャグマンガの姿をした映画ファン
の「愛」と「哀」を巡るルポルタージュとも読める気が
するのは気のせいだろうか? 否、間違いない。
ヤングアニマルDensiで連載中です。
人間趣味にハマリ出すと○○好きは
こうあるべきだと ありもしないルールがある
と思い込み 更に他人にもそれを強いる
第3巻16本目『ファイト・クラブ』より
30ン歳独身OL・木根真知子(きね・まちこ)さん
の趣味は1人で映画を観ることと感想を自身の
ブログ『1人でキネマ』に書くこと。会社では課長
職で、実は美人なのだが偏った映画愛のため
に迫害(苦笑)を受けてきた彼女は、社会性(擬 態)を使い、会社では趣味が映画なのを隠して
います。
こじらせちゃってる木根さんの残念な生き様(笑)
を通して見えてくるのは、映画好きの映画好き
による、映画への「愛」と「哀」が織り成すギャグ
の数々です。人間、自分が好きなものを他人に
推薦するときにあるのは自分は○○な人間な
んだよ、という社会的承認欲求が根底にあるも
のですが、マズローの欲求5段階説の通り、こ

の欲求が承認されないと、人は孤独感に陥りま
す(趣味は自己実現欲求の一部でもある)。
この作品はキレイな画力でそのあたりの孤独を
上手く、パワフルなギャグ漫画へと昇華させて
おり、正に映画好きの映画好きによる、キネマ
への「愛」と「哀」が堪能出きる作品です。作品
に登場する映画タイトルも、「ターミネーター3」
や、「ファイト・クラブ」など絶妙の偏り加減で
す。元ネタを知る人も知らない人も楽しめます。
しかし、自分の姪に『ジョーズ』って(苦)
あと、映画も作品によってヒエラルキー(階級)がある
ことに触れつつも、好きな作品を好きに見る木根さん
の姿勢が痛快です。「どんな映画が好きかで人間の
価値が決まるわけじゃないのに…」
余談ながら僕自身、アンドレイ・タルコフスキー監督の
作品群に挑戦したこともありましたが難解でした(笑)
ある意味、これはギャグマンガの姿をした映画ファン
の「愛」と「哀」を巡るルポルタージュとも読める気が
するのは気のせいだろうか? 否、間違いない。
ヤングアニマルDensiで連載中です。
【書籍推薦】イギリス湖水地方の四季と祖先代々の牧羊労働の情景とは? 『羊飼いの暮らし』
著者のジェイムズ・リーバンクス氏は、『ピーター
ラビット』の故郷、イギリスの湖水地方で六百年
以上つづく羊飼いの家系に生まれ、羊飼いの仕
事を生業とする傍ら、ユネスコの持続可能な観
光についてのアドバイザーを務めている。同書
は、と きに厳しい自然の中の暮らし、生業への
葛藤……世界で最も古い職業の一つである羊
飼いの生活をユーモアを交え、祖父・祖母の時
代を含め、四季の移ろいと共に述べた一冊で
す。
牧羊は決して、「牧歌」的な生活ではない。 羊たちの冬を越す餌となる
干草作りは過酷な肉体労働だ。梅雨で腐らないうちに要領よくしなけれ
ばならないし、シーズンを問わず羊たちの健康管理(病気や害虫)に気
を配り、他の牧羊業者との羊の売買商談では、自分が育てる羊の遺伝
子という名前の「品質管理」を先祖代々の感性を頼りに背負わねばなら
ない。
著者が父親とする、羊毛刈り取りの生産性勝負は微笑ましくも、この仕事
の過酷さを伝えてくれる。しかし、著者の湖水地方の美しい風景描写と詩
的な文章が、魅力的に読者をまだ見知らぬ世界へ誘ってくれる。
本書は、ワーズワースやロバート・フロストなどの言葉がしばしば引用され
るし、著者はオックス・フォード大学も卒業しているが、現代の産業社会が
「どこかへ行く」ことや「人生で何かを成し遂げること」の大切さに取り憑か
れていることを知ってからは、地元に残って肉体労働をすることにはたい
した価値がないという考えが、大嫌いだとしている。 他に望むものなど何
もない。これがわたしの人生だ、と。
実に堂々とした姿勢であるし、英国人の、keep a stiff upper lip(困難な状
況でも、本当の感情を隠して冷静さを保つ)や、不屈の精神を持つ本当の
イギリス人精神=ジョンブル魂とは彼のような男のことを言うのだろう。
余談になりますが、彼は文書作成がとても苦手でPCタイピングも数本の
指先でポチポチ入力と告白する、お茶目なところがあります。
見知らぬ羊飼いの生活や人生を聞かされても、と思う向きもあるかもしれ
ませんが、本書は階級社会の英国において著者が、いまなお先祖代々の
牧羊共同体を守っていること、社会の梯子を登って学問を得たこと(これは
構内清掃員の仕事をしながらコロンビア大学を卒業したガッツ・フィリーパイ
氏の話に負けず劣らずと思う) 、 次第に侵食されいく伝統的景観への警鐘
や、家族のありかたや役割など、様々な社会的要素を含んでおり、さまざま
な賞にもノミネートされています。
牧羊者(ファーマー)家計に生まれた男の自伝としてだけでなく、「働く」という
ことを問い直す一冊にもなっており(職業に貴賎なしということが本当である
ならば彼のような姿勢を言うのだろう)、他に類を見ないノンフィクションです。
ラビット』の故郷、イギリスの湖水地方で六百年
以上つづく羊飼いの家系に生まれ、羊飼いの仕
事を生業とする傍ら、ユネスコの持続可能な観
光についてのアドバイザーを務めている。同書
は、と きに厳しい自然の中の暮らし、生業への
葛藤……世界で最も古い職業の一つである羊
飼いの生活をユーモアを交え、祖父・祖母の時
代を含め、四季の移ろいと共に述べた一冊で
す。
牧羊は決して、「牧歌」的な生活ではない。 羊たちの冬を越す餌となる
干草作りは過酷な肉体労働だ。梅雨で腐らないうちに要領よくしなけれ
ばならないし、シーズンを問わず羊たちの健康管理(病気や害虫)に気
を配り、他の牧羊業者との羊の売買商談では、自分が育てる羊の遺伝
子という名前の「品質管理」を先祖代々の感性を頼りに背負わねばなら
ない。
著者が父親とする、羊毛刈り取りの生産性勝負は微笑ましくも、この仕事
の過酷さを伝えてくれる。しかし、著者の湖水地方の美しい風景描写と詩
的な文章が、魅力的に読者をまだ見知らぬ世界へ誘ってくれる。
本書は、ワーズワースやロバート・フロストなどの言葉がしばしば引用され
るし、著者はオックス・フォード大学も卒業しているが、現代の産業社会が
「どこかへ行く」ことや「人生で何かを成し遂げること」の大切さに取り憑か
れていることを知ってからは、地元に残って肉体労働をすることにはたい
した価値がないという考えが、大嫌いだとしている。 他に望むものなど何
もない。これがわたしの人生だ、と。
実に堂々とした姿勢であるし、英国人の、keep a stiff upper lip(困難な状
況でも、本当の感情を隠して冷静さを保つ)や、不屈の精神を持つ本当の
イギリス人精神=ジョンブル魂とは彼のような男のことを言うのだろう。
余談になりますが、彼は文書作成がとても苦手でPCタイピングも数本の
指先でポチポチ入力と告白する、お茶目なところがあります。
見知らぬ羊飼いの生活や人生を聞かされても、と思う向きもあるかもしれ
ませんが、本書は階級社会の英国において著者が、いまなお先祖代々の
牧羊共同体を守っていること、社会の梯子を登って学問を得たこと(これは
構内清掃員の仕事をしながらコロンビア大学を卒業したガッツ・フィリーパイ
氏の話に負けず劣らずと思う) 、 次第に侵食されいく伝統的景観への警鐘
や、家族のありかたや役割など、様々な社会的要素を含んでおり、さまざま
な賞にもノミネートされています。
牧羊者(ファーマー)家計に生まれた男の自伝としてだけでなく、「働く」という
ことを問い直す一冊にもなっており(職業に貴賎なしということが本当である
ならば彼のような姿勢を言うのだろう)、他に類を見ないノンフィクションです。
2017年9月28日木曜日
【書籍推薦】経営学書ながら、人類・文明・環境論でもある一冊 『社員をサーフィンに行かせよう』
表題からして、働きかた改革の先駆者としてフ
レックス勤務の合間にサーフィンをしている会社
の経営哲学を想像したが、読んでみると見事に
意表を突かれてしまった。単に僕のアウトドア知
識の無さもあるのだが、パタゴニアは「ビジネス
を手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に
向けて実行する」ことをミッションとする他に類を
見ないアウトドア用品会社であったのだ。本書
は経営学書でありながら、人類・文明・環境保護
論も喝破している稀有な一冊になっている。
著者でパタゴニアの創業者兼オーナーである、イヴォン・シュナード氏
は、鍛冶職人、クライマー、カヤッカーなどいくつもの顔を持つ生粋の自
然遊び人間だ。自分自身ではビジネスマンを誇れる仕事とは思えない、
と評している。しかし、自分自身のアウトドア経験で培われた常に最高
を目指す製品デザイン(ただし流行は追わない)、コストより品質を優先
する製造、利益を目的としない財務会計、売り上げの1%を地球環境の
ために還元し、衣類製品は耐久の限界まで顧客からの修理の要望に
応じるなどビジネス界の常識に囚われない手法でパタゴニアは半世紀
近く生き残り、むしろ栄えてきた史実は、MBAに代表される米国流経営
と間逆であり、思わず賞賛を送りたくなる。
経営書でありながら、内容にアウトドア衣類の原料となる綿畑で使用
される薬剤の一覧を紹介し、これらが如何に自然や人間に悪影響を
及ぼしていることや、そのような工業型農業(米国では航空機で農薬
を散布したり、作業員は防護マスクを着用する)がもたらす温室効果ガ
スの巨大さから、オーガニックコットンを原料に選んでいることを述べる
くだりは衝撃的だ。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』を想起させる。
春が来ても、鳥たちは姿を消し、鳴き声も聞こえない。
春だというのに自然は沈黙している。
経営書でありながら、人類・文明・環境保護論でもある本書のインパクト
は計り知れなtい。もちろん、パタゴニアは初めから環境問題に取り組む
プロであったわけではないし、品質の追求もしかりだ。しかし、本書に満
載されている写真の数々を見るにつれて、大自然で遊ぶ彼らが、環境と
品質追求の道を経営指針としていった理由を痛感させられる。
レイチェル・カーソン女史が警鐘を鳴らしてから、もう随分なるが僕たちは
まだ踏みとどまれるラインにいると思う。本書の『社員をサーフィンに行か
せよう』という題名は同社の中核の一部でしかなく、品質担当の実務担当
者や、研究者、環境経営や自然保護に興味を持つ全ての人にお薦めの一
冊です。
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